エリート外科医の一途な求愛
「はあ」


もう一度声に出してついた溜め息は、散会してざわついた空気に紛れて美奈ちゃんの耳には届かなかったようだ。


ドクターや研修医たちは、雑談しながら医局から出て行く。
教授は教授室に向かい、私も肩を竦めながら、いそいそとデスクに戻る。


椅子を引いて座ろうとした途端、後ろからポンと肩を叩かれた。
反射的に振り返り、すぐそこに立っている各務先生を目の当たりにして、さっき以上に鼓動が飛び上がった。


「悪い。ちょっと時間ある?」


しかも、各務先生が私に告げたのはそんな言葉だった。


「な、なななんでしょうか」


なんか言われることは覚悟していたけど、朝一からとか。
私は一言返事をするのにもしどろもどろになってしまう。


そんな私に対して、各務先生の方にそれほど変わった様子はない。
わかりやすく目を逸らす私に、親指で医局のドアを指し示して促す。


「大学図書館、付き合って。借りてきたい文献多いから、持つの手伝って欲しいんだ」


そう言って、私の返事を待たずに先に立って歩き始める。


「あ、はい……」


もちろん、断れるわけがない。
私は椅子を戻してその後に続く。
途中、美奈ちゃんに声を掛けてから、医局の外に出た。


私の一歩前を行く各務先生は、朝礼の時と同じように白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、悠然と歩いていく。
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