エリート外科医の一途な求愛
途中すれ違う他の医局のドクターや医学生たちと、軽い挨拶を交わしている。
いつもと変わらないその様子を、私は後ろからそっと窺った。


まだ一日しか経ってないのに、全然気にしてないのかな。
私ばっかりがこんなに動揺してたみたいで、ちょっと悔しい気分になる。


まあ、自分でも言った通り、転んでぶつかった場所が唇だったと言うだけで、あれは断じてキスじゃない。
私の言い分を、思ったより素直に受け入れてくれたのなら私にとってもありがたい。


医学部棟を出て、図書館までキャンパスを歩く。
今日は傘を持たなくても、天気が崩れる心配はなさそうな空模様。
気づけば、梅雨明けも間もない時期だ。


朝露のせいか、雨が降った後じゃなくても、足元のレンガ畳は湿ったような色をしている。
靴の爪先でなんとなく地面を蹴りながら歩いていた私に、各務先生が前を向いたまま、「なあ」といきなり声を掛けてきた。


ある意味、多少油断したタイミング。
ドッキーンと胸が大きな音を立てるのを感じながら、私は思わず足を止めてしまった。
それにつられたように、各務先生も二歩先に進んでから立ち止まる。


「昨日、さ」


彼が発した短い言葉に、一気に警戒心を漲らせながら、私は全身に力を込めた。
顔も強張っていたんだろう。
各務先生が私を見遣ってわずかに苦笑する。
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