エリート外科医の一途な求愛
「そ、そんなわけないじゃないですかっ……」


各務先生から目を逸らす。
心の中では、『だったらあの寝言はなんなんだ』と思ったけど、それはもちろん口には出来ない。


「も、もういいです。記憶から全部消し去りますので、各務先生もそうしてください」


仁王立ちするような格好で足に力を入れてまっすぐ目を向ける。
なのに彼はスッと私から目線を横に流した。


「そうしてやりたいのはやまやまなんだけどね……」

「お互いそれが一番ですから」

「そうも出来ない状況と言うか」

「は?」


各務先生のもったいぶったような言い方に、私は眉をひそめた。


「言いたいことがあるなら、はっきり言ってください」

「君、あの後……」

「え?」


口に出しておいて言い淀む彼に、私は首を傾げて聞き返した。
各務先生は、「いや」と自分の言葉を打ち消すように、クスッと小さく笑う。


「いい。気にするな」


それだけ言って私に踵を返し、図書館までのレンガ畳みに足を踏み出した。


「行くぞ。早く文献借りてきて、医局に戻ろう」

「えっ? ちょっと待ってください!」


白衣を翻して先に歩いて行ってしまうその背中を、私は小走りで追いかけた。


「言い掛けておいてなんですか。気になるじゃないですか!」


その背中にそう文句を言ったけど、各務先生は涼しい表情を浮かべたままで、それ以上は何も言ってくれなかった。
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