暗黒王子と危ない夜
「名乗り遅れて申し訳ない。僕は市川と言います。……市場のイチに三本線の川で、市川」
イチカワ……市川さん。
かなり年下のあたしに対しても敬語を使ってくれる。
きっと、とても良い人なんだろうな……。
慶一郎さんが、本多くんはこの人に懐いていると言っていたのも分かる気がした。
でも、慶一郎さんはこの人のことが苦手……。
どうしてだろう。
……なんて考えていた矢先。
「すみません市川さん。ゆっくりお話もしたいんですが、今日は萌葉ちゃんもいるので。七瀬を引き取ったらすぐに帰ります」
慶一郎さんが軽く頭を下げた。それに対し、市川さんは少し考えるように目を細めた。
「七瀬君かなり疲れているようだったから、さっき無理やり寝かせたんだ。数十分でも仮眠を取れば、少しは違うと思ってね」
柔らかい笑みを浮かべていた市川さんの表情が、心なしか堅くなった気がした。
「初めは眠気なんて少しもない、なんて言っていたのに、ここへ来て安心したのかベッドに倒れ込むようにして眠ってしまったよ」
そして今度こそ目つきが変わる。
穏やかな声色は保ったまま。瞳だけが鋭く慶一郎さんを射抜いていた。
「彼を道具のように扱わないでもらいたい」
張り詰めた空気が漂った。
「あの子は確かに何でもそつなく器用にこなしてしまうがな。まだ、たったの17歳の高校生なんだ、慶一郎君」