暗黒王子と危ない夜
慶一郎さんが「へえ」と目を丸くする。
「よくそんな余裕があったね」
「代償はスマホ一台分です」
「安いもんさ。また良いのを買ってあげるよ」
「有り難いです。ないと地味に困るから」
屈託のない笑みを浮かべて受け答えをする本多くんからは、疲れなんて微塵も感じられない。
ぱっと見た限りでは目立った外傷もない。
そんな彼の様子を見ていると、改めて疑問が浮かんでくる。
── “ 中島……助けて ”
あの声は、確かに心から中島くんを求めていたように聞こえたのに。
……本当は、助けなんて必要なかった?
電話を切ったあと、中島くんが腹を立てていたのはそういうことなの?
── “お前はそうやって、人の善意を平気で利用する奴だよなぁ ”
本多くんは中島くんを利用していた?
だとしたら、どういう意図で?
そもそも“ 利用 ”というのが、いったい何の行為を指しているのか未だにわからない。
「……中島、」
慶一郎さんとの会話を終えた本多くんが不意に呼び掛けた。
「ごめんね」
そう、たった一言。
乾いた声だった。
目すら合わせていなかったと思う。
返事を聞かないうちに、本多くんはあたしたちが入ってきた勝手口の方へと歩き出した。