暗黒王子と危ない夜


慶一郎さんがカウンターに向かって軽く頭を下げ、本多くんのあとを追う。

市川さんに目を合わせて「お邪魔しました」とお辞儀をすれば、ふわりと優しい笑顔を返してくれた。



勝手口の方へ足を運びながら、ふと後ろを振り返る。

市川さんと目を合わせるわけでもなく、カウンターの方をぼんやりと見つめたまま立ち尽くす中島くんがいた。


奥の方で勝手口の開く音がして

「萌葉ちゃんたちも、早く」

と慶一郎さんの声がする。


「はい」と返事をしながらも、中島くんから目が離せない。

うつむき加減で表情は見えないけれど、その背中がどこか寂しげに見えて。


「……中島くん?」


呼び掛けると、びくりと相手の肩があがった。


「……あ、ごめん。すぐ行く」
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