◆あなたに一粒チョコレート◆
その瑛太から、汗の臭いよりバニラの香りのが強く香る。

甘い甘いバニラの匂い。

なんで?なんでこんな匂いがするの?

「瑛太。瑛太からバニラの匂いがする。なんで?」

気付くと私は単刀直入に尋ねていた。

それとなくとか遠回しにとか、そんな事はまるで出来なくて、それどころか声すら掠れたままだった。

「……」

瞬間的に瑛太がベッドから立ち上がって私から離れた。

まるで避けるみたいに。

「……シャワー浴びてくるわ」

なに今の。

なんで?なんで避けるの?

瑛太が、昔から私には全てを見せてきた瑛太が、隠し事をしている。

他人みたいによそよそしい態度が、なんだかモヤモヤする。

瑛太が私に内緒事?意味分かんない。

「待ってよ、瑛太」

もう一度。もう一度さっきの匂いを確かめたい。

私は慌てて瑛太に近寄ろうとして、ベッドの脇に積み上げられていた野球の雑誌につまづいた。

「ごめ……」

そこまでしか言えなかった。

だって瑛太が点けた部屋の明かりで、信じられないものが私の眼に飛び込んできたから。

野球の雑誌の山から、ありえない格好をした水着姿の女の人の写真が見えた。
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