スターチス


「それはお店に来たときから?」
「いえ、来られる前からだと思います」
「そうですか…涼の服はどんなのでした?」
「ロングのトレンチコートにタイトなミニスカートをお召しでした。男性方の視線を引くので始終不機嫌なご様子でしたよ」

やっぱりね、と思うのと同時に祐介が苦笑する。

「奥様は始終すごく複雑そうな顔をしていました。理由がわかるだけにお気の毒でしたね」

苦笑する木藤さんを見るだけでその光景が浮かんでくる。

結婚する前は標準体型だった涼も子供を産んで太った太ったと言ってダイエットに励んだ結果、予想以上の結果が出たらしく今は人生で一番スタイルがいいらしい。

あたしから見たら結婚する前も細くて可愛かったけど、今はナリくんと負けず劣らずで可愛い奥さん。

そんな涼に他の男が視線を向けないわけがないし、ナリくんが嫉妬するのもよくわかる。
でも、それはうちと共通点は無い。
あたしは涼みたいに魅力的ではないし、あたしごときに祐介が他の男に嫉妬することはない。

残念だけど尤もな事実に小さく溜息を零すと、「祐介も同じですよ」と嬉しい耳打ちをしてくれた。

あたしの表情が変わったからか、それとも木藤さんがあたしに再度耳打ちをしたからか、祐介が「なんだよ」と怪訝そうな顔をしていたけど、その言葉は笑ってかわしてやった。

「木藤さん、今日のあたし変じゃないですか?」
「いいえ、とても素敵です」

あたしの言葉に木藤さんは笑顔で答えてくれる。
自然に出た満面の笑顔を返すと、それも同じように返してくれてスッと奥へ下がっていった。

あたしの気持ちを汲んでくれる木藤さんはとっても素敵で目の前に座る考えてることがよくわからない祐介とはまた違う素敵さであたしを魅了する。

「行くぞ」

最後のデザートを食べ、食後の余韻を感じさせることもさせてくれず祐介は席を立ち、それに気付いた木藤さんはコートを出してきてくれてレジへ向かう。

「木藤さん、今日もすごく美味しかったです」
「飯だけな」
「世津さん、ありがとうございます」
「チッ」

小さく舌打ちが聞こえたけど、聞こえないふりをしてお店を出ようとする祐介を放って木藤さんに近付いた。

「今日はありがとうございました」
「この後、楽しくなるといいですね」
「…なるかな?」
「なりますよ、ほら」

木藤さんの視線があたしの頭上を通り越して出口を見つめる。
同じように視線を向けると、そこには無表情でこちらをじっと見つめている祐介の姿。

「あれでも独占欲は強いんです。分かりづらいですが」

あたしに合わせるように少し屈んで教えてくれた言葉に目を見開いてしまったけど、信じ難い意外な祐介の一面を教えてもらえて嬉しくなった。

「では、素敵なクリスマスを」

もう一度頭を下げて待っている祐介の隣に並び、もう一度木藤さんを見ようとしたけど、隣から頭を掴まれて振り向けなかった。

「いっ…たいし!」
「前向いて歩け、バカ」

バカ?!と文句を言おうとしたら、すでに車に乗り込もうとしていた祐介に意気消沈して黙って車に乗り込んだ。
あたしが乗ったのを確認すると車を出し、夜の海岸線に車を走らせる。

「え、ちょっと待って。ワイン飲んでなかった?」
「ノンアルコールだよ。車で来てて飲むわけないだろ」

当然のことを言われて、しかもバカにされたような言い方で返す言葉もない。
もう話さない、と決めて、どこに向かうから知らないまま外を眺める。

いつもどこに向かうのか聞いたって教えてくれないから今はもう何も聞かないことにしてる。
何度聞いたって教えてくれないし、しつこく聞くと機嫌を損ねる。
最終的にはあたしを満足させてくれるから聞かないだけで、祐介が当ても無く走ってるんじゃないって事を知ってるから無言なだけなんだけど、今日は少し空気が違う。

いつもは黙っていても自然な空気が流れる。
お互い気を遣ったりしない他の人とは共有できない無言の空気が心地よかったりするけど、今日は違う。

信号で止まれば舌打ちをしてイライラしてるし、珍しく音楽をかけない。
無音の空間に無言のあたし達に不機嫌な祐介、この先に何があるのか予想が出来なくて、何かを話して事を荒立てるより静かにしていたほうがいいと思って、何も話さず流れに身を任せることにした。
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