スターチス
「紗夜さん、何にしますか?」
アイスが並ぶケースに張り付いて満面の笑みで振り向いたその顔はもう子供。
なんて嬉しそうな顔をするんだと思った。
ジャケットを返したあと放って歩きだしたあたしに三沢くんは予想通り何も言わず付いてきた。
途中で帰るよう言ったけど帰ってくれず、「俺が奢りますから」と言われて悩んだ挙げ句、許可した。
奢りに負けたんじゃない。
しつこさに折れただけ。
そう言い聞かせて来たものの、こういうお店に入るのが久しぶりだったらしい三沢くんは店内に入るなり子供みたいにはしゃいだ。
恥ずかしくてしかたなかったけど、普段見れない一面を見たのと、まだまだ少年だなと姉貴気分になってしまった。
「俺は抹茶とチョコで。紗夜さんは?」
「・・・ゆずとバニラ」
じゃあそれで、と三沢くんは当然のようにお金を払ってくれた。
少し考えるように溜めたのは奢りという言葉に折れたんじゃない、と自分に言い聞かせるため。
ちゃんとお金を払うつもりでいたのに三沢くんの方が一歩早かった。
席に着いたら払おう、そう決めて席を探し、外からは見えない奥の席に着いた。
「ここのアイス美味しいですね」
「うん」
「ゆずは美味しいですか?」
「うん」
「いつもそれなんですか?」
「うん」
三沢くんが質問して、あたしが答える。そんなのが会話になるはずもなく、最後は無言でアイスを食べる。
同じ部署だと言っても、仕事のこと以外で話すことがない人とプライベートで話すのは難しい。
特にあたしは話し手よりも聞き手専門で誰といてもよっぽどのことがない限りは話さない。
三沢くんにはこんな先輩で申し訳ないと思う。
普通は先輩のあたしが気を遣って後輩の三沢くんに話し掛けなきゃいけないのに逆に気を遣ってもらってる自分が情けない。
だけど、付いてきたのは三沢くんだから知ったこっちゃない、と開き直る自分に呆れもした。
「紗夜さん」
一応先輩として話題出さなきゃ、と必死に考えていたら再び三沢くんから振ってきてくれた。
「ん?なに?」
名前を呼ばれたものの続きが出てこない。
少し俯きかげんの三沢くんの手は握りこぶしで、その前には空になったカップが置いてある。
ちょうど食べ終えたあたしは捨てるために三沢くんのカップを重ねようと手を伸ばすとピクッと反応して少し唇が開いた。
「紗夜さんの、あの噂って本当なんですか?」
「噂?」
「知らないんですか?」