スターチス

知らないんですか?と言われても。
確かに男女構わず色んな人の色んな噂が飛び交ってるけど、それが全て事実だという証拠はない。
見て聞いたならまだしも、あたし自身の噂なら尚更、真実があたしなんだから噂があったって知らないし気にならないしどうでもいい。
仕事に支障しないなら好き勝手言ってもらって構わない。

「知らないよ。噂なんてろくなことないし自分のことなら尚更どうでもいい」

自分の噂なんて話題になっても塵みたいなもんだけど、あんたの噂の方がすごいじゃん、と正直思う。

新人くんの中でも礼儀正しくて仕事も丁寧でオマケに顔もいい。
狙ってる女は山ほどいるのに少しも動じないところから見える一途さがまた良いらしい。

今だってあたしの言葉を聞いてどう感じたのか知らないけど、切ない声で鳴きそうな犬みたいな顔してる。
そんな顔を彼好きの女子社員に見せたら貞操の危機だよね、と冷静に思った。

「社内恋愛しない・・ていうのは本当なんですか?」

思わず口が開きそうになって、顔を歪めそうになってなんとか堪えた。
そんな噂が流れている現状に呆れる。いい大人の集団が人の色恋にたかって楽しんでる。
他人の恋愛事情を知ってどうすんだって話。

三沢くんはそんなことないんだろうなって勝手に思い込んでいたけど、違うとわかって純粋にショックだ。

「別にしないわけじゃないけど、毎日顔合わすじゃん。公私混同っていうの?あれ、出来る自信ないの。できれば社内恋愛なんてしたくないと思ってる」

堪え切れずに溜息を零すと俯いたままの三沢くんが勢いよく頭を上げた。
いきなりのことにびっくりして目を見開いて彼を見てるとゆっくり唇が動いた。

「彼氏、はいないんですよね?」
「いない、けど?」
「歳とか関係ないですよね?」
「うん?多分」
「ないわけじゃないんですよね?!」
「なにが?」
「社内恋愛ですよ」

三沢くんの勢いと今日初めて見るキラキラした眼力のある瞳に見つめられて、思わず質問に答えてた。


“ないわけじゃない”そんな言葉、これからそれがあるみたいじゃん。
ない方がいいけど、そうやって聞かれたら、もしかしたら今後あたしが面倒臭いという感情を上回るくらいハマっちゃう人と出会うかもって思っちゃうじゃん。

なーんて、あたしなんかに淡ーい期待を持たせるようなことしてるんだろう、彼は。
質問に答えないあたしを不安そうな目で見ちゃってチワワかなんかかって突っ込みたくなるくらい構わずにいられない衝動に駆られるあたしは疲れているのかもしれない。

「どうだろうね?」
「なんで俺に聞くんですか・・・」

・・ちょっと可愛い。
意地悪心っていうの?
それが湧くのは初めてで、うなだれた頭に手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でた。
びっくりして思いっきり頭を上げてたけど、その顔が赤く染まっててまた笑えた。

「三沢くん可愛いね」
「・・・紗夜さんの笑顔、可愛いです」
「?!」

素で笑ってた自分に気付いてももう遅い。
公私はちゃんと分けてたのに、あたしとしたことが迂闊だった。

「紗夜さん」

動揺してる上に、また三沢くんが真剣な瞳で見るから心臓がバクバクする・・・色んな意味で。

「紗夜さんの笑顔、俺だけのモノにならないですか」
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