スターチス

「お前どうすんの?」
「なにが」
「なにって三沢じゃん。付き合うの?」

たかが噂でしょうが。
言葉にするのも面倒くさくて思いっきり睨むと、そんな怒るなよと笑われた。

噂になったからって付き合うわけない。それを一番知ってると思ってたのに聞かれるなんて心外だしガッカリだ。

「三沢くんとはそういうんじゃない。アレがバレたから強く言えないだけ」
「お前、まだアイス食ってんの?」

相変わらずわかんねぇ女だなーと笑ったその笑顔は久しぶりで少しホッとする。
賢人と別れたのは1年も前の事で今はいい友人関係だけど、こうしてたまに笑顔を見ると一瞬だけあの時に戻ったみたいになる。

喧嘩別れじゃないけど、価値観や考え方が違ったから別れた。
お互い納得した上での別れだったから後悔はしてないし、賢人も今は違う彼女がいて楽しそうにしてる。

「えらい懐かれてるそうじゃん。餌付けでもした?」
「人聞き悪い言い方しないで。何もしてない」
「じゃあ、アイツの一方的な?」
「一方的って言い方もどうかと思うけど」
「じゃあ、なんだよ」
「知らないよ。ていうか、賢人に関係ないでしょ?」

そう言われるとそうなんだけどさー、と頭をガシガシかく姿は焦った時と嘘をつく時の仕草。今は前者だと思う。
でもここ最近は彼女ができてから、こうして食堂で会っても相席することなんてなかったのに、彼女と喧嘩でもしたんだろうか。
気になって俯く顔をのぞき込むと賢人はそのまま気まずそうに頭を上げた。

「なんか、あった?」

これはただの勘。
たった1年、隣で賢人を見てきたあたしの勘だけど、どうやら何かありそうな感じがする。
話しかけてきながら結局違う話に逸らしちゃうのは言いたいくせに、聞いてほしいくせに言い出せない遠慮しすぎる賢人の悪い癖。

「別にあたしが聞いても大丈夫なら聞くけど?」

賢人は少し悩んで「やっぱ紗夜だよな」と笑った。

「今の彼女と意思の疎通がうまくできなくてさ?年下の彼女だから頑張ってんだけど疲れるんだよね」
「・・・それ、あたしに言っても意味なくない?」

だってあたし達が別れた理由もそれじゃん、とは言わなかったけど、あたしの言いたいことに気付いてるらしい賢人は右手を出して、「みなまで言うな」と止めた。

「自分でいっぱいいっぱいになってない?」

え、と顔を上げた賢人はアドバイスを貰えると思ってなかったのか驚いた顔をしてた。
賢人が持ってきてくれたコーヒーを口の中いっぱい広げてから飲み干した。

「言いたいこと、言えてるの?彼女の気持ち、聞いてあげてる?あたしが言ったこと、忘れてるわけじゃないでしょうね?」

最後の台詞は効いたようで苦笑したあと「忘れてないよ」と笑った。

「紗夜には頭が下がるよ」
「どういう意味よ」
「元カノの助言は効果抜群だって話」

また飲みに行こう、と言った賢人は手を振って消えていったけど、結局詳しい内容は話さなかった。
別に聞きたいわけじゃないけど、どうせそのあたりの話だと思ったからそう言ってみただけ。

「“元カノの助言は効果抜群”ね」

あたしは賢人が好きだった。
別れてからも少しの間は会社が同じだから目で追いかけたりもした。
それも1年経って賢人に彼女ができればいつの間にか吹っ切れてて今では仕事に没頭してる。

彼氏がほしいわけじゃない。いらないわけでもないけど、今はそんな気分じゃない。
賢人が話し掛けてくるたびにこんな気分にさせられる。未練があるわけでもないけど、そういう気分になる。

コーヒーをすすると苦さが胸にしみる。
まだ一年か、そんな気持ちになった。
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