スターチス
素直と彼とあたしと
「お疲れ様です!」
「…お疲れ様」
会社から出ると満面の笑みを添えて声を掛けてきたのは社内一のモテ男くんの三沢くん。
仕事終わりで疲れてるはずなのにこの笑顔。
毎日思うけど、本当疲れを見せない元気の持ち主で羨ましい。
羨ましいけど、そんな彼の笑顔で多少疲れも和らいでる自分がいることが少し悔しい。
「今日も待ってたの?」
「はい!終業時間になっても紗夜さんが席を立たないんでアレの日だな~と思って待ってました」
三沢くんが言う“アレ”とは残業した自分へのご褒美と戒めのアイスを食べに行くことなんだけど、ある日三沢くんにバレて以来、何度も一緒に通っているアイスクリーム屋さん。
もう三沢くんまで常連になってしまった。
隣に並んで歩く三沢くんの横顔を何度も見てきた。
入社してきてすぐ噂になったという綺麗な顔立ち。
背も高くてスマートだ。
あたし自身、本当に彼に興味がなくて声を掛けられるまで関わらなかったし関わりたくもなかったけど、今では社内で有名になりつつもある。
女性社員には「付き合ってるの?!」と聞かれるけど、三沢くんが否定をしていて今はそれを聞かれることもなくなった。
一方的に好かれたことが始まりだったけど、今ではその笑顔が癒しになってる自分がいる。
「紗夜さん、ボーっとしてますね。疲れてますか?」
あたしの顔を覗き込んで心配する表情とか。
「紗夜さん、どれにしますか?今日は僕がおごります」
子供みたいに無邪気にアイスを選ぶところとか。
「紗夜さん、この席でいいですか?」
なんでもかんでもいちいち名前を呼ぶところとか。
「ほんと、三沢くんは可愛いね」
そう言ってからかうと、「子供扱いしないでください」と照れながら中学生みたいな発言しちゃうところも、今のあたしにとっては癒しに変わった。
恋愛を忘れて仕事しかしなかったあたしを三沢くんが少しずつ変化をくれる。
一緒にいて楽な相手だと気付いた。
それは先輩であるあたしに対して三沢くんが気を遣って接してくれているからそう感じているだけなんだろうけど、またそれとは違った安心感がある。
「どうしたんですか?しんどいですか?」
よっぽど顔が疲れているのか心配そうに尋ねる三沢くんに「大丈夫よ」と笑いかけると「本当ですか?」と返ってくる。
「うん、大丈夫。少し考えごとしてた」
「考えごとですか?僕でよかったら聞きますけど」
「僕でよかったらって言われても、三沢くんのことだけどね」
そう言うと顔を真っ赤にして「僕ですか?!」と慌てた。
そんな姿もまた可愛い。
何を考えてるのかわからないけど、表情がころころ変わって忙しい人。
「で、どんなことですか?」
自分のことだからなのか、興味津々で体を乗り出して尋ねてくる三沢くんもまた面白い。
「たいした事じゃないんだけどね、」と前置きしてから話し始めた。
「今はこうして三沢くんが一緒に付いてきてくれて話しながらアイス食べてるけど、三沢くんに彼女が出来たらまた一人で来るようになるじゃない?それだと寂しくなるなと思ってたの」
カップに残っていた一口分のアイスを口に入れて、すでに食べ終わっていた三沢くんのカップと重ねて「行こうか」と席を立った。
それに従う三沢くんも席を立ったけど、表情がずいぶん険しくなった。
どうしたのか聞こうと思ったけど、時間も時間だしとりあえず店を出る。
「どうしたの?」
店を出てすぐ三沢くんに問うと「ちょっとお話があります。時間いいですか?」と聞かれて、明日は休みだし終電までには時間があるからOKすると地下鉄の近くにあるバーへ移動することになった。