スターチス
電話が切れた後、あたしは言葉の意味を考えていた。
それも長くは続かなくて、背後からの視線に気付いて振り返ると、まだあたしの後ろに立ったままで見下ろされていた。
「あの…?」
恐る恐る声を掛けてみると、ユーイチは無言でテーブルに置いていたあたしのカップと自分のカップを流しに置いて、食器棚から新しいカップにお茶を入れて、あたしの隣に腰掛ける。
三人掛けのソファだから二人で座ってもそう狭くないはずなんだけど、ユーイチが真横に座ったせいで狭く感じた。
というか、このスペースになぜ真横?と思うあたしの気持ちなど構うことなく、持っていたをあたしにカップを渡して黙って飲む。
今から何が始まるのか予想のつかない展開に半パニック状態のあたし。
少しわかるようになってきたといえども、まだまだ未知の部分が多いユーイチの行動は予測不可能。
「あの」
話しかけても返事をしてくれないのはいつものことだってわかってるけど、これほど気まずさを感じたことはない。
隣に座ってるけど隣にいないような感じ。
隣にいて話しかけても返事は返ってこなくて、話しかけてくるなとでも言われてるような感じ。
それならなんで隣に座るの?って話だけど、それは聞けない質問。
別にって言われたら「そうね」としか言えなくなる。
「本気で言ってんの?」
少しの沈黙の後、そんな気まずい雰囲気を破ったのは珍しくユーイチだった。
自分からは滅多に話しかけないユーイチに驚いた、というのもあるけど、こっちを向いてたことに一番驚いて返事をすることも忘れてた。
「俺の話、聞いてる?」
「え、あ、聞いてる。聞いてるよ」
あからさまに上擦った声を出して、じっとり見られたけど、それをなんとか笑いで誤魔化して流した。
真剣な顔をするユーイチは苦手だ。
どこまで冗談で話していいのかわからない。
真剣に向き合ったことがないから、どう対処していいのかわからないだけだけど。
あたしにもユーイチにも一人暮らしをするということに不都合はないはずだし、むしろその方がユーイチにとって良いことなんじゃないかと思ってるけど、あたしはその表情から気持ちの一欠けらも拾えない。
「本気っていうか、本気は本気だけど、今すぐじゃないよ?家も探さなくちゃいけないし、これ以上ユーイチに迷惑かけられないしね」
「迷惑?」
何、言ってんだ?って顔するから通じてないのかなって思ったけど、そうでもないらしい。
一瞬考えるような素振りを見せて、またカップに口をつけた。
「迷惑でしょ」
「別に」
別に、って。
“迷惑じゃない”以外の返事は少なくとも“迷惑”だと思ってるってことで、否定してることにはならないってわかってるんだろうか。
本当に何が言いたいんだ。
あたしが出て行くって言ってんだから、あとはこのままここで住むなり違う部屋を探すなりすればいいのに。
「もうあたし達だけじゃん。だからソラ姉の時みたいになったりはしないよ」
「今日だって泣いたじゃん」
図星を突かれて一瞬怯む。
そりゃ一緒にいた人がいなくなったら寂しく感じるのは当たり前でしょう!って言おうとしたけど、「そう?」って返ってくるのがわかって言うのをやめた。
あたし達以外が部屋を出るときは止めもしなかったくせに、あたしが部屋を出るって言ったら「本気なの?」って、どういうことかわかんない。
どうしてあたしの時はユーイチの許可がいるんだ。
ソラ姉もユーイチと話し合えって、その話し合う理由がよくわかんない。