スターチス
「サチが泣くなら出て行かない」
「え?」
「俺はサチの傍にいる」
「なんで?」
「俺がサチの傍にいたいから」
その言葉と同時に抱きしめられる。
グッと体の体温が上昇して心臓がバクバクする。
なのに、ユーイチの心臓は平常心で…なんかムカつく。
あたしの傍にいたいって言うくせに心臓の音は全く変わらずで、どういう意味で言ってんのか全然わかんない。
ユーイチも寂しいなら寂しいって言えばいいのに。
「寂しいから言ってるわけじゃないから」
完全に思考を読まれてるらしいあたしは口にする前に突っ込まれる。
口に出してないのに恐ろしいヤツだ。
抱きしめられた腕の中は暖かい。
そういえば、何度か添い寝してもらったことがあって、からかわれたことがあった。
その時も無性に安心しちゃって爆睡したような気がする。
それもユーイチだけ。
「なんで?!」
ユーイチの胸を押して見上げる。
ユーイチはあたしの発言にまた無表情で言葉の続きを待ってる。
「なんであたしはおとなしく黙ってユーイチの腕の中に納まってるの?!」
そう、いまいちシックリこないのはこれが理由だ。
あたしとユーイチは全くの赤の他人で、ただのルームメイトで、他の人と違うところをいえば、いつも傍にいてくれるってことだけで、特に好きとかそういう感情を持ってるわけじゃない。というか。
「なんでいっつもあたしの傍にいるの?」
それが一番気になってた。
いつだってあたしの隣にいた。
気がついたら傍にいたって感じだけど。
あたしが頼んだわけでもないし、誰かに頼まれていたような感じもしなかった。
でもいつもタイミングはバッチリで、いつも優しかった。
「なんで?」
ユーイチはあたしから顔を背けて、「ソラの言った通りだ」と呟いた。
どうしてそこでソラ姉が出てくるの?と思ったけど、ソラ姉はみんなの姉貴分でユーイチだって頼りにしてたんだと考えれば納得できる。
「サチはさ」
顔は背けられたままだけど、あたしを抱きしめる腕を緩めることはせず、そのままで話し始めた。
「俺が何も考えずに傍にいたと思ってんの?」
呆れたような言い方にムッとする。
そんなの無表情のユーイチから、わかるわけないじゃん!というのがあたしの正直な気持ちだ。
「俺が優しいから傍にいるって思ってんでしょ」
そう言ってあたしを見下ろすと、次は「やっぱり」と呟いた。
あたしってもしかしたら全部顔に出てんのかもしんない、と人生で初めて気付く。
ユーイチが言うように、ユーイチは優しいから泣くあたしの傍にいるんだと思ってる。
だって、それ以外に理由なんて思いつかないし、それ以外にあたしの傍にいる意味がわからなかった。
寂しいのはあたし一人だけじゃないのは当たり前だし、感情を正直に出しちゃうあたしの前なら一緒に感傷に浸れるからだと思って一緒にいるんだと思ってた。
あたしは勝手に「ユーイチも悲しいんだよね」って勝手に思ってた。
「ソラの言葉が身に沁みる」
「…なんの話よ」
サチのことだよ、と言ったっきり、あたしの肩に顔をうずめたまま話すことをやめた。
ソラ姉とユーイチがどんな話をしていたのかわかんないけど、いい話じゃないことはわかった。
どうせあたしの愚痴ばっかり言ってんでしょ、と不貞腐れる気持ちでいっぱいになる。