スターチス

しばらくの間抱きしめられていたけど、さすがにこの体勢はそうなの?って冷静になると思えてきて、「ユーイチ」と声を掛けながら体を離そうとすると、ガッチリと抱きしめられていて離れることを許されなかった。

ソラ姉ったらユーイチに何を言ったの?!おかしくなっちゃったじゃん!!とソラ姉を恨む。
何度か離そうと頑張ってみたけど、やっぱり無駄に終わって諦めた。

やっぱりユーイチもハジメくんがいなくなって寂しいんじゃん、と思ったら、しょうがないなぁーと思えて、もう少しそのままでいることにした。

「あたしはね」

少しの沈黙のあとに急に話し始めたから驚いたのか、ユーイチがピクリと反応したけど、動く気配がなかったから続けて話した。

「あたしは自分が最後まで残っちゃうこと予想してた。みんな出て行っちゃって、結局最後に残るのはあたしだけなんだなってわかってた。わかってたから、みんなが出て行くときは“やっぱり”って思えて寂しかった。どんなに一緒にいたって他人だもん、ずっとは居られない。わかってるんだけど、やっぱり寂しいんだよね」

ずっと泣きっぱなしだった。
“やっぱり”みんな居なくなっちゃうって。
出て行ってすぐは連絡を取っていても、数ヶ月経てば何事もなかったように連絡も途絶えちゃうって。

みっちゃん達とは本当に連絡を取っていないし、ハジメくんもきっと連絡を取らなくなるだろう。
それがわかってたから余計に寂しかった。

ルームシェアはただのルームシェアで、一時の遊びというか思い出作りの一環でしかなくて、普通の人なら経験しないような貴重な体験をしたって事くらいにしかならないことはわかってた。
それでも、あたしにとっては大切な時間だったし、毎日楽しかった。

「一番寂しいときにユーイチに傍にいてくれて助かったし嬉しかった。でも、一番最初に出て行くのはユーイチだと思ってたよ」

本当、今になっては信じられない。
最後の最後まで残ったあたしの隣にいるのがユーイチで、予想外。

「でも、最後に残ったのがユーイチでよかったよ」

もし、これが違う人ならまた違ったお別れの仕方があったのかもしれない。
それにユーイチじゃなかったら本当に何事もなかったかのようにあっさりと解散していたかもしれない。

それが一番近くに居たユーイチであることで、こうして思い出話もできるし、感謝もできる。
それだけであたしは嬉しく感じる。

「これからね?どうするかユーイチと話し合いなさいってソラ姉に言われたんだけど」

考えなくても答えは出てるんだよ、ソラ姉。

ユーイチがこうして抱きしめてくれたときから少しずつだけど気持ちは固まりつつあった。
それがあたしの“正直な気持ち”なんだって思えたから。

「あたしはユーイチの気持ちに任せるよ」
「…は?」

正直な気持ちを話したのに顔を上げて、「は?」とは何よ。
あたしの気持ちに「は?」ってなんなのよ。

あたしはユーイチがこれを続けるって言うなら続けるし、おしまいにするっていうならその方向でもっていくつもりだったのに、その返事が「は?」って失礼にも程がある。

呆れたように盛大な溜息を吐いたユーイチは「何やってんだ、俺」と呟いて項垂れた。
意味がわかんないんだけど、と言うと「わかんないのはサチだよ」と、また溜息を吐かれた。

「なによ」
「期待した俺がバカだった」

項垂れたままあたしの手を握り、片足をソファの上に乗せて、完全にあたしの方を向く。

次はどんな行動をするのかわからなくてソワソワする。
俯いたままのユーイチはいつも以上にわかんない。
表情が見えない分、さらにわかんない。

繋いでた手をギュッと握って、ゆっくりと上がってきた顔をずっと眺めてた。
ゆっくりと目線の高さも合わさって、“目が合った”と思ったら視界いっぱいにユーイチがいて、唇にはやわらかい感触。
瞬きするのも、息をするのも忘れて、離れていくユーイチをただ見てた。

「俺がサチの傍にいたのは、サチが好きだからなんだけど」

もう瞬きしか出来なくて、状況の飲み込めないあたしに何回目かわからない溜息。
「もうヤダ…」と呟いたユーイチはあたしに背を向けて、ソファにもたれた。

今のキスじゃん。あたし、ユーイチにキスされたじゃん。
てか、“好き”とかびっくりだよ。

そんな素振り一度もなかったじゃん、って傍にいたのがソレか!って感心してる場合でもないけど。

「ちょ、っと。何、泣いてんの」

どうすればいいのか、わかんなくなったよ。
あたしだって口で言うよりも頭の中は色々考えてんだよ。
傍にいるとか、迷惑とか、それ云々よりも、あたしだって個人的な感情はあるんだよ。

それと頑張って格闘してたっていうのに、そんなこと言われたら泣けてくるに決まってる。

「あたしに欲情しないって言ったじゃん!!」
「サチも俺にその気になんないって言ったじゃん」

言ったけど、それは売り言葉に買い言葉ってヤツじゃん。
それにあんな真顔で言われたら本気で受け取るよ。
てか、そんなこと言い出したら、ユーイチがあたしを好きだって言ってるようなもんじゃん。

「あたしは」
「俺はサチの傍にいたかったから、隣にいた」
「あのね」
「好きだから傍にいた」
「あの」
「これからも、サチの傍を離れるつもりはない。それとも、俺が出て行くときは泣かないつもりでいたの?」

全部遮られたけど最後の一言で図星を突かれて黙っていると、「そんなこと絶対させない」と言って抱きしめられた。

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