スターチス

「ほんといい部屋だねー。やるじゃん、ユーイチってば」

テーブルに座って、やっぱりニヤニヤするソラ姉。
こんな顔をしたソラ姉はあんまりよくない。

こういう顔するときは大抵、「ねぇ、仲良くしてるの?」って、そっちの方向に持っていっちゃう。

「だから言ったじゃん。何もないって」
「何もないわけないじゃない。だって付き合って2ヶ月よ?しかも一緒に住んでるのよ?なのに、あの日以来キスもハグも無しってあんたたち何歳なのよ。中学生の恋愛じゃないんだから」

ひどい言われように軽くへこむ。
軽いキスくらいあってもいいんじゃない?って思うシチュエーションは何度かあったって思う。

そういう時ほどユーイチはあたしから離れて部屋に入っちゃう。
でもすぐ出てきて一緒にテレビを見て終わるのがパターン化してる。

「何が邪魔してるの?」

完全にお節介姉様に変化したソラ姉はあたしをじっと見つめる。
怖くて視線を逸らして「なんだろなぁ?」と考えるフリをする。

あたしが思うに・・・って、あたしがそうだけど、今まで1年ちょっと会社の同期兼同居人って形で過ごしてきたのに、ある日突然“二人で住むの?!”ってなって“あたし達、恋人になるの?!”ってなったら、普通戸惑う。

あの日もいつものあたしに戻るのに相当時間がかかった。
ユーイチがユーイチでいてくれたから何事もなく終わったけど、あれが互いに意識しまくってたら今のあたし達はいないんじゃないかって思う。

今まで同居人だったのに急に恋人になってお互いに戸惑ってる。
今までのあたし達でいいのか恋人として接するべきなのか考える。

そんな中、ルームシェアから同棲みたいな形になっちゃって、しかもキスしかしてない仲なのに何をどこからそういう風に持ってくの?!って思う。

意識してギクシャクして今までのあたし達じゃなくなるのは嫌。
だからといって、いつまでも今までのあたし達と同じじゃ嫌。

そんな気持ちがあるからあたし達は甘い空気が作り出せないんだと思う。
いつまでもこのままでいたくない気持ちはあるけど、ユーイチと気まずくなるならこのままでいいと思ってしまう。

ソラ姉が黙り込んだあたしに「ん~」と溜息混じりに息を吐いたとき玄関がガチャンと音が鳴り「ただいま」とユーイチが帰ってきた。

「おかえり」

話してた内容が内容なだけに気まずくてテーブルから離れず声を掛ける。
顔を上げたユーイチは部屋を見渡してからソラ姉を見た。

「おかえり」
「・・・ただいま。手伝ってくれたんだ」
「まぁねー。可愛い妹が1人だって言うからさ」
「うん、悪くないな」

ユーイチがふっと笑う。
それだけであたしも顔が緩んじゃう。

「飯、食った?」
「ううん、今から用意しようと思ってた」
「悪いけど今日頼んでいい?仕事持ち帰ってきたから」
「わかった。先にコーヒーいれようか?インスタントだけど」
「ん~、頼む」

そう言ってソラ姉への挨拶もなく部屋に入っていってしまった。

「忙しいの?」
「企画部に移動になってからは忙しいみたいで、最近はいつも仕事持ち帰ってる」
「そういや移動したって言ってたわ。大変なんだね」

ソラ姉はほんとなんでも知ってるんだな、と思いながらユーイチに持っていくコーヒーを入れる。

晩ご飯は作らなきゃいけないけど、そんなに手間のかからないものなら持ってきた材料で作れるし。
冷蔵庫の中身を確認してからコーヒーを持った。

「コーヒー渡してくるから、ちょっと待っててね」
「うん」

ソラ姉に声を掛けてユーイチの部屋に向かう。
2回ノックして声が聞こえたからそっと入った。

「コーヒー入れたよ」
「ありがとう」

後ろから声を掛けるとパソコンのキーを叩く手を止めてくれて、振り返ってくれた。

「忙しそうだね」
「急な移動だったから要領が掴めきれてないし、新しい企画もあって俺のキャパじゃ間に合わない」

長い溜息を吐いてパソコンを見る目は疲れてる。
会社にいる時間だけでも疲れるのに家に帰ってきてもパソコンに向かう日々を連日続けてるんだから疲れるに決まってる。

「無理しちゃダメだよ」

大丈夫?とは聞けなくてそれだけ言えた。
ユーイチはそれに微笑んでくれた。

大丈夫じゃないことは見てわかる。
毎日大変なのはわかるけど助けてあげられない。
同じ会社に勤めていても何の手伝いもできない自分がもどかしい。

目の下のクマが疲れを表してる。
じっと見つめてるとユーイチの手が伸びてきてあたしの頬に触れた。

久しぶりの接触に内心ドキリとしたけど、そんなことより体調の方が心配でじっとユーイチを見てた。

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