スターチス

「大丈夫だから。もう終わるし。ソラいるんだから相手してやんないと」
「…そうだね」

あたしの返事で頬から手を離したユーイチはあたしが部屋を出るまで見てくれてた。

笑ってたけど、相当寝不足だと思う。
いつも夜中までパソコン叩いてる音がしてるのにあたしより早く家を出て出社してる。

少しでも気を紛らわせてあげられたらいいけど、その術が思いつかないあたしはほんと恋愛経験値の低さが滲み出てる。

「どう?」
「疲れてる。今日も遅くなりそう」
「そっか。じゃあ、あたしがいて騒いじゃ邪魔になるね」

帰るよ、と気を遣ったソラ姉がバッグを持って立ち上がった。
晩ご飯食べていかないの?と聞けば「あたしも旦那のご飯つくんなきゃ!」と指輪を見せながら言った。

「そんな顔しないの。あんたが沈んでどうするの。ユーイチのこと支えたいんでしょ?」
「でも手伝えないし」
「だったらニコニコしていつものサチらしくいるのよ、わかった?」

それだけ言って1人で帰ろうとするから駅まで送ると言うと「大丈夫よ、駅近いし」とあたしの顔も見ず帰っていってしまった。
こういう態度をとられたら追いかけられないのわかってやってるんだから、なおさら追いかけられない。

窓からソラ姉の姿が見えなくなるまで見送って晩ご飯の準備を始めた。あるものでしか作れないけどユーイチの好きなものを作った。

消化のいい料理とか栄養学的なことが全然わからないからどうしようもないし、どうせなら喜んでほしいから今日は特別詰め込んだ。

「あれ、ソラは?」
「帰ったよ」

ユーイチはちょうど夕飯を作り終えたタイミングで出てきた。
スーツからスウェットに着替えて、いつものユーイチに戻ってた。
首をぐるぐる回しながらテーブルに掛けて、目の前の晩ご飯を見て、なぜか笑った。

「なんで笑うの」
「いや、別に」

笑われたってことはどういうこと?!と思いながら、あたしも座る。
いただきます、と先に食べてくれるのを待ってから食べはじめた。

「ごちそうさま」

あたしが作ったご飯を文句も言わず残さず食べてくれる。

何の会話も交わさないまま一息ついて、ユーイチはソファーに寝転んだ。
あたしはテーブルの上を全て片してからソラ姉が買ってきてくれたイチゴを用意してソファーに転がるユーイチの傍に向かう。

「イチゴ、食べる?」

目を瞑ってるユーイチの頭元に座って声を掛けると目を開けた。
食べる?とお皿を軽く上げてジェスチャーをしてみる。

「サチ、ここ座って」

ユーイチが半分だけ体を起こし、自分の頭元を指す。
あたしは言われたとおり座ると、体勢を整え上向きであたしの太ももに頭を乗せた。

膝枕?と思ってドキドキしたけど、さっき考えたことが脳裏をめぐって冷静になった。
手にはイチゴ、膝枕でユーイチ。
上からフォークで刺したイチゴを持って「食べる?」と聞いてみた。

「一個ちょうだい。あとはサチが食べればいいよ」

目を閉じたまま口を開けるユーイチ。
こんなことするんだ?!って思いながら口の中に入れる。
あたしも自分で食べて、たまにユーイチの口に入れながらイチゴを食べた。

なんだかカップルっぽいなーと思いながら目を瞑るユーイチの顔を見る。
こんなに近くで顔を見るのは久しぶり。
本当にあの日以来で、こうしてどこかが触れ合ってることもなかった。

外に出かけることもなかったし、疲れてるユーイチを見るとどうしても遊びに誘いづらくて家で大人しくしてた。

ユーイチの髪に触れて撫でてみる。
何も反応しなかったから撫で続ける。

少しやつれたよね、と思いながら顔を眺める。
一緒に住んでたって癒してあげられない。

「またそんな顔する」

目を瞑ってるユーイチが見えてないのにわかったように言う。

「どんな顔よ」

今度は黙ったユーイチ。
何がしたいんだろうって考えて普通の会話がしたいのかな?って思った。
でも今は会話じゃなくて、言葉じゃなくて、触れ合ってたいって気持ちの方が強い。

じっとユーイチを見て、綺麗な形の口唇を見る。
躊躇はなかった。

ゆっくりと顔を近づけて、髪がかかりそうになって一瞬止まったところでユーイチの顔が近づいてきた。

手が、ユーイチの手があたしの後頭部にあって、そのまま口付けられる。
軽く触れて、離れた。

「顔、真っ赤なんだけど」

まさかユーイチから来るなんて思わなかったから不意打ちで、思わず顔を真っ赤にしてしまった。

両手で隠してみても下からの手で阻まれる。
俯いても真下にはユーイチどうしようもなくて視線だけ逸らした。

「だって、不意打ち…」
「俺はずっとこうしたいと思ってたけどね」

またもや不意打ちの言葉に顔が赤くなる。
ほんと人間が変わっちゃったんじゃないのかってくらいユーイチの言動にドキドキする。

「今までそんな雰囲気なかったじゃん。気まずくなると思ってたし」
「それはあった。でもそんなこと気にしてたら、何にも出来ないし」

開き直り、というか、やっぱり現状を打破しないと関係が変わらないと思ってたのはあたしだけじゃなかった。

ユーイチが淡白なだけなのかと一瞬よぎった時もあったけど、お互いそれを気にしてて2ヶ月間それらしいことをしてこれなかった。

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