スターチス
「ソラ姉、なにしてんの?」
「なにって夕食の準備じゃない」
「いやいや、そういう意味じゃなくて」
「今日ね、ユーイチに電話したら仕事だって言うじゃない?しかもサチは家にいるって言うからクリスマスだし何か準備してるんじゃないかと思って邪魔してやろうと来てみればソファーで気持ちよさそうに寝てるの見つけてさー。ソウスケと来たけど、自分が運ぶよりユーイチの方がいいんじゃないかって言うもんだから電話して帰ってきてもらったのよー」
「帰ってきてもらったって…」
ソラ姉の言葉に色々突っ込みたいところはあるけど、一番はそこ。
帰ってきてもらうっていう意味がわからない。
そんなことって出来るの?って話。
「ソラ、さっちゃん状況がのみ込めてないよ」
何が楽しいのか、ソウスケさんはくすくす笑う。
「ソウさん、笑ってないで説明を…」
「まあまあ、想定外って楽しいよね。ソラが夕飯作ってくれたし座って待っていよう」
ソウさんは相変わらずの優しい笑顔であたしに席に着くよう言うけど、妊婦のソラ姉を一人動かせるのも心配だから今さらだけどキッチンへ入る。
ユーイチは何も言わずソウスケさんの前に座った。
「なんでそこに座るんだ?」
「どこに座ってもいいだろ」
「俺の前にさっちゃんを座らせたくない?」
「なんでそうなる」
なんだか楽しそうなソウさんに機嫌の悪いユーイチ。
あたしはその光景が他人のやりとりに見えなくてソラ姉に「なんか兄弟みたいだね」って言うと「はぁ?!」とソウさんもユーイチも振り向くほど大きな声で言われてしまった。
「え、なに?」
「なにじゃないわよ、なに言ってんのよ」
「なにって普通に言っただけじゃん」
「ちょっとユーイチ、サチに何も言ってないの?」
「なにが」
「この子、あんた達を“兄弟みたいだね”って言ってるわよ」
ソラ姉がユーイチに呆れたように言うとスッと目を逸らして小さく溜息を吐き、ソウさんは相変わらず優しい笑顔で「さっちゃんらしいよね」と言う。
「ソウスケとユーイチは兄弟なのよ?」
呆れたソラ姉があたしを横目で見ながら言った。
「うそーーーーー!!!!」
びっくりするくらい大きな声が出て思わず口を押さえた。
誰もいないのにきょろきょろ周りを確認したりして挙動不審になった。
「嘘じゃないわよ、苗字が一緒でしょう」
そう言われてみれば、ソラ姉が結婚して苗字が変わったと聞いたとき、聞いたことのある名前だなって思った。
でもそれだけで、まさか兄弟だなんて思いもしなかったし、ユーイチの苗字が同じなことなんて思いつきもしなかった。
ていうか、普段苗字で呼ぶことなんてないしユーイチは“ユーイチ”だから苗字なんて忘れてた。
最低だけど、本当に忘れてた。
携帯にだって“ユーイチ”としか入っていないし。
「さっちゃんってしっかり者に見えて、案外天然なんだね」
ソウさんはそう言うし、ユーイチはあたしを見ない。
まさか苗字を忘れてたことに気が付いてるんじゃないかと思ってひやひやしたけど、「サチだから」とあながち的外れでもなかった。
「あたしも付き合い始めて家に行くまでは知らなかったのよ。幼馴染だったけど、家にお邪魔するような仲ではなかったし、付き合い始めて家にお邪魔して家族写真を見せてもらったらユーイチが写ってるからびっくりして思わずユーイチに電話しちゃったのよー」
ソラ姉はそう言いながらあたしの背中を押して席に座るよう促し、ソラ姉が席に着いたのを合図に夕食を食べ始めた。
クリスマスということもあって、スープだったりチキンだったり色々あったけど、みんなでルームシェアしていた時を思い出すソラ姉が作る料理だった。
「じゃあ、ユーイチはソラ姉のことソウさんの幼馴染って知ってたの?」
あたしがユーイチに尋ねると「俺もソラと兄貴が付き合い始めるまで知らなかった」といつもより低い声で言った。
なんだか機嫌悪い?と思いながらも気にすることはしなかった。
「俺もソラとユーイチがルームシェアしてたって聞いてびっくりしたよ。俺より先にソラと一緒に住んでるんだから羨ましかったしね。ソラが持ってきた全員揃った写真を見せてくれた時に“ユーイチの彼女がいる”って聞いたときはさっちゃんがそうだっていうことはすぐにわかったよ」
「どうしてですか?」
「そりゃあだって、」
「そんな話しなくていいからさっさと飯食ってとっとと帰れ」
不機嫌丸出しなユーイチがそう言って話を止めた。
あたしは聞きたかったから横目でユーイチを見たけど、一切こっちを見ることなくて不機嫌だし諦めた。
ソウさんとソラ姉は理由を知ってるらしく顔を見合わせて笑いあうと黙って夕食を食べ始めた。
その後もあたしとソラ姉、たまにソウさんが入ってきて他愛無い話で盛り上がった。
最近の仕事の話から始まって、ルームシェアしていたみんなの近状、あたし達の日頃の生活だったり遊ぶ頻度だったり。
ソラ姉にはほぼ全部話してるからきっとソウさんにも筒抜けなんだろうけど、ユーイチが嫌がらない程度の当たり障りのない話をした。