スターチス

「ソウさんダメ?だったらソウスケさんで、」
「そういうことじゃない」

さっぱりわからないあたしは首を傾げる。
そんなあたしにいつものごとく溜息を吐くユーイチ。

いつかのシーンを思い出す。
あの時はまだあたしは自分の気持ちに気付いていなかった。
ユーイチは傍にいてくれる優しい存在で好きとかそんなんじゃなかった。

今は互いに恋人で一緒に住んでいて、隣にいるだけで安心して、ユーイチだけが心を許せる場所になっている。
そんなユーイチが今更、ましてや自分のお兄さんの名前を呼ぶな、なんて困った。

「サチは隙が多すぎる」
「隙?」
「サチさ、会社でなんて言われてるか知ってる?」

ソウさんの話かと思ったら次は会社の話。
ぽんぽんと話が飛ぶユーイチについていくのが大変だけど「知らない」と答えた。

会社での噂なんてほとんど知らない。
同期の友達だっているけど、そんな話したりしないし、そもそもあたしとユーイチは部署が違う。

実は入社したときは一緒だった。
ただ新人の指導者が違って会話を交わすこともほとんどなかったし、今となってはこういう関係だけど見た目はすごくとっつきにくいに無愛想な人だから、いてもいなくても空気と同じ存在だった。

「サチさ、俺らの同僚の中で一番狙いやすい女だって言われてるんだよ」
「いや、意味分かんない」
「ぼけっとしてて、何言っても笑ってくれるし癒されるって」
「そうなの?」
「そうらしいよ」

初めて耳にする自分の噂。
まさか自分が話のネタになってるなんて思わないし、そういう話題で名前が挙がると思わなかった。

出るって言えば、やっぱり断トツで綺麗なみっちゃんだったりするし、サチコだって可愛くてザ・女子って感じだし、平平凡凡なあたしなんて論外なはずなのに。

「結婚相手はサチみたいな相手がいいって」
「そうなの?!あたし料理できないのに?」
「そんなの俺らしか知らないから。てか、もっと他に言うことないの?」
「だって他に言えることなんてないじゃん。あたしユーイチと付き合ってるのに他になんて言うの」

そう言ったあたしの言葉にユーイチは目を開いて普段見ない表情をした。
驚いたのか一瞬目を開いたけど、また真顔に戻ってしまった。
そしたら俯いて小さく長い息を吐いた。

「なんか変なこと言った?」

そう聞くと俯いたままのユーイチの前髪の隙間から笑った顔が見えた。

何が面白いの、と思った。
何も面白いこと言ってないのにユーイチは笑ってる。

ルームシェアをしてから一年以上も経つし恋人にもなったけど、いまいちユーイチが掴めない。
ソラ姉にそう言ってみたことがあるけど、“サチが単純なのよ”と流されたことがある。

ユーイチは顔を上げ、微笑んだままあたしを引き寄せた。
抱きしめられたから抱きしめ返すと痛いくらいに返されて「あたし、ぺちゃんこになるよ!」と言うと珍しく声を出して笑った。
本当に珍しくて思わず顔を上げるとキスをされた。
しかも超不意打ち。

おかげで笑った顔が見れなかった。
さすがのことに驚いたあたしにまた軽くキスを落とす。

ユーイチってば本当にスキンシップが増えた。
外に出かけても自分から手を繋ぎにいくことはあってもユーイチからきてくれたことなんて一度もないし、何かの拍子に引き寄せてくれることはあってもそのまま手を…なんてことも一切ない。
でも家ではこうして触れてくれるし、本当はこういう人なんだって最近になって特に思う。

外でいちゃいちゃしたくない人なのか、それとも自分の気分なのか、そのへんもあまり理解できていないけど、ユーイチから触れてくれることは嬉しいし、いつだってあたしは受け入れ態勢万全だ。

「ぼけっとして抜けてるのもサチの可愛いところだけど、他の男が評価するのは気に食わない」

そう言ってあたしの首にキスをする。
急なことで思わず逃げると、思いだしたように立ち上がり自分の部屋に入っていってしまった。
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