スターチス
到着すれば先に降りてと言われタクシーの代金を彼が払い、店には彼がドアを開けてあたしが先に入った。
「未央ちゃん、いらっしゃい。今日は栞ちゃんじゃないんだね」
「こんばんは」
挨拶をして目で“いらないこと喋ったでしょ”と訴えると“ごめん”と謝られた。
謝って済んだらこんなことになってないよ、と言ってやりたいけどこらえた。
「いつもの席でいいですか?」
「いや、」
「いつもの個室でいい。ありがとう」
あたしに聞いてくれたのに何故か彼が答えていつもの席に案内される。
二人で来て個室とかマジ勘弁なんですけど…と心の中で思いながら、席につくと閉まったドア。
奥の席に座ったあたしはドア側に座る彼と向かい合うことすら居心地が悪くて、いつもの席なのにキョロキョロしてしまって落ち着かない。
「飲む?」
「飲む」
飲まなきゃやってらんないでしょ、と普段飲まないビールを一緒に頼んだ。
飲めないことはないし、まずこの空気で酔うことはありえない。
何も会話を交わさないままオーダーをしてくれた彼と無言が続く。
「メール」
「うん」
急に話しだしたからドキッとした。
「たまにしか返してくんないな」
「…忙しいんだよ」
「すぐ切っちゃうし」
「寝るの早いから…」
「だから電話はしなかったんだけど」
責められるのかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。
「なんだか一番最初の時みたいで色々思い出した」
そう笑う顔は一番最初に見た笑顔と一緒だった。
「確かに最初はメールすごい来たの覚えてる」
「だって接点ないしさ、会話するのってメールしかないじゃん」
「学校であんまり話さなかったもんね」
「そう、だから俺めっちゃ送ったよ。知ってほしくて」
「うん、覚えてる」
懐かしいね、と話してると飲み物がきて「お疲れ」で乾杯した。
「初めて電話したとき俺、すげー緊張してたんだよ」
「そうなの?そんな感じしなかったけど」
「だいぶ頑張ってたからね」
付き合うまでの話を今更するなんて思わなかったけど、そんな話が出来るくらい前の話なんだと改めて感じた。
「今もそんな感じだよ」
「え?」
「この数日間、未央に片想いし始めた時と同じ感覚だった」
なんと返していいのかわからなくてビールを飲んだ。
返すというよりどう受け取っていいのかわからなかった。
返答が出来なくて、顔も見れなくてどうすればいいのかわからなくて、最後には何も出来なくなった。