スターチス
「なにしよ…」
涼との電話を終えて、駅からの帰り道。
徒歩5分の道のりを独り言を呟きながら歩く。
外はもう真っ暗で手を繋いで歩く人たちが溢れてる。
もしかしたらあたし達もあの中にいたかもしれない、と思うと急に寂しくなった。
「そういえば、手繋いでないな…」
恋人繋ぎで幸せそうに歩く人たち。
あたしが手を繋いでもらったのはいつだったか、今はもう思い出せないくらい前のことのような気がする。
元々仕事人間だから外に出かけることが少なくて、外に出たとしても綺麗なお店でご飯食べに行ってホテルでゆっくり、みたいな流れが多かった。
だから手を繋ぐよりも腕を組むことの方が断然多いあたし達は指を絡ませて手を繋いだことがほとんどない。
それこそ、付き合い始めたばっかりで、まだ何の事情も知らなかったあたしが強引に手を繋いだ時くらいの記憶しかない。
今ではもう変に顔色を伺うようになって何も出来なくなってしまった。
涼とナリくんの話を聞くたびに二人をとても羨ましく思った。
ナリくんは涼を想って休みは必ず出掛けるようにしていたし、涼も日程や体調を考えてナリくんを支えていた。
恋愛感情だけではなく、それだけじゃない互いを想い合う気持ちの強さを羨ましく思った。
だって、あたしと祐介は知らないことが多すぎる。
祐介が何の仕事をしているのか漠然としたことはわかっていても、その詳細は知らない。
知ったってわからないし聞いたって理解出来ないんだろうけど、わからないことが多すぎる。
祐介だって、会わない時間が増えてるから今のあたしの気持ちなんてきっとわからない。
こうして色んな思いをめぐらせて、これからの未来に不安を感じてるなんて微塵も気付いてない。
今日だって、寂しく感じてるのはあたしだけで祐介はそんなこと思ってない。
家に着くと、ただ広いだけの家があって、誰もいない空間に一人だけ。
無性に寂しくなって着替えもせずスーツのままベッドに寝転んだ。
いつも祐介が寝てる場所に転がる。
祐介の匂いに目が熱くなってくる。
「祐介のバカ」
どうにか堪えようと瞳をきつく閉じた。
「……い、おい。世津、起きろ」
名前を呼ばれて目を開けると暗くなった部屋。
そして、祐介の声。
夢?と思いながら体を起こすと「返信ないと思ったら寝てたのか」と呆れた声が真上から聞こえた。
「え、・・・祐介?」
「あ?起きたら早く着替えろ。飯行くぞ」
仕事は?と聞く前に祐介は寝室を出てしまった。
ドアからはリビングの光が薄くもれていて、祐介が帰ってきていることを教えてる。
本当に帰ってきたんだ、そう思いながら携帯を開くと着信が2件とメールが一件。
どれも祐介からで【帰ったら飯行くから準備しとけ】と【返事してこい】の2通が入ってた。
珍しいものだと思ったのは、“返事を返してこい”というメールがあったこと。
いつもはメールの返信をしてもしなくても自分の用件だけを伝えたら返信してこないのに、今回に限ってあたしに返事をしろなんて本当に珍しい。
「まさかね...」
嬉しい予感がしたけど、言えば「自惚れんのも大概にしろ」って言われそうだから、ニヤけるだけにしておいた。
あたしが返信しなくて焦ったか?なんて嬉しい自惚れで合ってるか問いただしたいけど、これはこれで悪くないから聞くのはやめる。
もし本当にそうだったら嬉しいな、とニヤける顔を抑えきれないまま準備に取り掛かった。