スターチス
何度見ても覚えられない公式。
「これさえ覚えれば解けるんだよ」ってゆーくんは言うけど、あたしにはそう簡単に解けない。
もう一度3桁の掛け算や割り算からやり直したいくらい私の数学は壊滅的。
こんな私の家庭教師になってくれたゆーくんを尊敬する。
もしゆーくんと私の立場が逆だったら3日も続かず辞めてる気がする。
「あ、そうそう!それで合ってる」
私が答えを出すとゆーくんは私の頭を撫でながら褒める。
ゆーくんは教え上手に褒め上手。
それにノせられる私もかなり単純だと思う。
「ゆーくんさ」
「うん?」
「こんなに数学できない私の家庭教師なんてしてイライラしない?」
次の問題を解きながら隣に座るゆーくんに問いかける。
見てはいないけど、ゆーくんの事だからきょとんとした顔で私を見ながら言葉の意味を考えているんだろう。
もしかしたら、私の言ったことが当たってて私が傷つかない答えを探しているのかもしれない。
でも、そうじゃなかったらしい。
「なんでそう思うの?俺、そんな態度とった?」
少し声色が変わったから思わず手を止めたけど、顔は見なかった。
「別に」
「別にじゃわかんないんだけど」
「ね、これで合ってる?」
「合ってる、合ってる。で、どういうこと?」
私が聞いてるのに質問をしてくるゆーくんを無視して問題を解いていく。
ノートの端に書いた公式に当てはめていくと案外解ける。
それも最初だけで応用が入ってくるとわからなくなるんだけど今のところは大丈夫そう。
「・・・」
横からの視線がかなり痛い。
私がはぐらかしたからだけど、深く考えず率直に“イエス”か“ノー”で答えてくれたらいいだけの話なのに、理由まで聞いてくる。
私も言えばこうなることくらい予想できたのに考えず口走ったから面倒なことにしてしまった。
単純なことだけど、ゆーくんをこうしちゃった上に一度無視してしまっただけに“もういいよ”とは言いにくい。
話を逸らすタイミングを逃してしまったらしい。
「ちず」
「はい?」
「その問題解いたら手止めて」
「なんで?」
「先生命令です」
“先生命令”の言葉に手を止めてしまったけど「わかった」と返事をして、必要以上に時間をかけて問題を解いた。
シャーペンを置くと「正解。ちず、こっち向いて」とゆーくんに無理矢理と向かい合わせにさせられる。
ちらりと見た顔は眉に皺を寄せていて唇を突き出していた。
子供かよ、とツッコミたくなる表情に呆れながらも「なに?」と尋ねてみた。
「さっきの、どういう意味?」
「そのまんまだけど」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「なんとなく?」
「そんなこと“なんとなく”じゃ聞かないじゃん」
いや聞くと思うけど…、なんてゆーくんに言えるはずもなく「そうかな?」と答えておいた。
私の知ってるゆーくんはかなり子供っぽい。
大学生にもなって子供みたいな表情して考え方も単純。
気になることは自分の中で納得しないと解決しない。
今だって“なんとなく”って言われて、普通の人なら“そうなんだ”ってなっちゃうところなのに追求してくる。
それが面倒なところでもあるけど、それがゆーくん。
「ゆーくん、さっきのは流すところだよ」
「いや、流しちゃダメでしょ」
「流すところだよ。それに私が理解するまで教えてくれるって言ったじゃん」
私の家庭教師なんでしょ?理解するまで教えてくれるんでしょ?とダメ押しすると「そうだけど…」と自分の言葉に言い返す言葉をなくして黙ってしまった。
でもやっぱり真意が気になるのか私を見てる。
視線が痛い。
あまりの視線の痛さに溜息吐きながら視線を外すと「そうだけどさ」と、また呟いた。
「ねぇ、ちず。俺がちずの家庭教師をOKした理由わかる?」
「わかんない」
「また考えないで答える」
また、って言ったら私がいつも何も考えずに喋ってるみたいに聞こえる。
何も考えてないように見えるけど、私だって考えながら話すときだってある。
今は即答したけど一瞬だけでも考えた。
というか、考えたってゆーくんが私の家庭教師をしてくれるようになった理由なんて私がわかるわけない。
ゆーくんが私の家庭教師をするって決めてくれたとき、自分の壊滅的な数学の点数を見せて『こんな点数取るよ?それでも私に教えてくれるの?』と聞くと『ちずが数学できるように俺が教えてあげるから』と言ってくれた。
家庭教師をする理由ってこれで十分だと思う。