スターチス
「ゆーくん」
「遊久?」
私が名前を呼ぶのと同時に部屋のドアが開いて、帰ってきたらしいミキ兄がゆーくんの名前を呼びながら入ってきた。
「あ、ミキ兄おかえり」
「ミッキーおかえり」
「……ただいま」
状況が読み込めないのか複雑な顔をしたミキ兄が私の正面に座って、私とゆーくんの顔を交互に見る。
三往復ほどして視線はゆーくんの方に止まった。
「で?」
「で?って何?」
ゆーくんが答える。
話す度に肩に感じる振動がこそばゆい。
「どうなった?」
「ん~、これはノリ。まだ何もしてない」
ゆーくんとミキ兄は私がわからない会話を続ける。
主語がないから理解しようにも出来ないから首を傾げるしかない。
「は?」
「ミッキーの言いたいことはわからなくもないんだけど、ちずってば全然なんだもん」
「私?」
「そう、私。ちずってば俺を帰そうとするんだよ?」
「ゆーくんが勉強の邪魔するからでしょ」
今度は私とゆーくんが言い合うようになって、それを見てたミキ兄が小さく溜息吐いた。
何が言いたいのかわからないけど、二人は何か計画をしていたらしい。
「遊久」
「ん~?」
「触ってないで決めたんならさっさと言え。コイツは言わなきゃわかんないぞ」
また私?とミキ兄に無言で訴えると頭を撫でられた。
ゆーくんはそれを見て「そうだね」と返事をしただけで私を離してくれない。
ミキ兄が「結果報告待ってるぞ」と出て行ったあともこの体勢は保たれたまま。
これから何が行われるのか一切予想が付かない私は自分の部屋にいるけど自分がここにいていいのかわからなくて脳内プチパニックを起こし始めてた。
「ちず」
「なに?」
ゆーくんが私を呼んで、それに私が答える。
ただそれだけのことだけどミキ兄が出て行った瞬間から空気が変わったような気がする。
静かになったとかそういう意味じゃなくて、ゆーくんの空気が変わった。
だから少し緊張する。
結果報告をするようなことが起こるんだと思うとさらに緊張する。
「この前、彼氏いないって言ってたよね?」
「…言ったけど」
ゆーくんが話すと耳元と背中から声が響く。
それが少し恥ずかしい。
密着しているのもあるけど。
「俺も彼女と別れたの」
「え!なんで?!」
突然のカミングアウトに超驚いた。
あの美人と別れたなんて、ゆーくん勿体ない!!
そう言おうと体を離そうとしたけどガッチリ掴まれていて身動きできなかった。
驚きのあまり呼吸を乱した私は小さく息を吐いて落ち着かせると、それを見計らったようにゆーくんの声がまた背中から響いた。
「ちず」
「ん?」
「俺が家庭教師を引き受けた理由、聞きたくないって言ったけど俺は聞いてほしいんだ」
珍しく真剣な声色のゆーくんに私は「うん」と答えるしかなくて、そのあと数秒続いた沈黙に耐えた。
ゆーくんらしくない雰囲気に緊張した。
「俺、ちずが好きなんだ。あ、その“妹”とかそういうんじゃなくて女の子として好きっていう、」
「そういう意味ならあたしも好きだけど」
「え?!」
家庭教師を引き受けた理由じゃなくて、あたしへの愛の告白に内心驚いた。
“好き”って聞いた瞬間舞い上がって、でもなんだか冷静になって、それなら!って開き直れた。
そしたら無意識にゆーくんの言葉を切って気持ちを明かしてた。
すると、なぜかゆーくんがあたふたし始めた。
抱きしめてた腕を緩めて少し体を離したかと思えば、再度抱きしめられる。
そのときに背中から感じたゆーくんの心臓はバクバクしてた。
「ちず」
「ん?」
「好きって、どの好き?」
「はぁ?」
わけのわかんない質問をしてくるゆーくんに呆れた返事をすると「真剣に答えて!」と怒られた。
「好きって、どの好き?ライク?ラブ?」
「ラブ」
「へ?!」
また即答すると今度は完全に離れて私を半回転させて向かい合った。
ゆーくんは完全にパニクってて、いつも以上に落ち着きがない。
「ゆーくん、落ち着いて」
「ちずは落ち着きすぎ!!」
ゆーくんは私を数秒見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らして「なんだよ!」と小さく叫ぶ。
一体なんだろう?と首を傾げると見かねたのかミキ兄がノックもせずに入ってきた。