スターチス



「あー、ちず可愛い」

ラッコを見ながら背後から抱きしめて言う。

「え?ラッコじゃなくて?」
「ラッコも可愛いけど、ラッコ見てるちずのほうが可愛い」

なんでこんな可愛いんだろー?って言いながら頭の上で顎をゴロゴロする。
いつもはないスキンシップにドキドキする。
周りのお客さんなんか気にしなくなっちゃうところが色ボケっていうんだろうか。

思い出したように携帯を取り出したゆーくんはあたしを抱きしめたまま携帯のカメラを起動させる。
インカメに設定して、今の状態のままのあたし達を撮る。

「ラッコ写んないよ?」
「ラッコはいいの。俺とちずが写ってればそれでいい」

自然と笑顔になったあたしといつものゆーくんが写ってる写メ。
それを携帯に送ってと伝えるとカチカチとボタン操作。
届いたゆーくんからのメールには添付の画像と【ちず大好き】の言葉が入ってた。

「あたしもゆーくん大好き」
「ほんと?」

くるりと半回転して頭の上のゆーくんを見上げて伝える。

こういう気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わらないってミキ兄が言っていたから常に伝えることにしてる。

ゆーくんは嬉しそうに笑って軽く周囲を確認してから口付けた。
ちゅっとリップ音が鳴るような軽いキス。
恥ずかしかったけど、嬉しさのほうが勝って誰もいないことを確認してからゆーくんを抱きしめた。

最初のあたしはこうじゃなかった。
でもゆーくんと付き合ってくうちに段々とゆーくんのスキンシップに慣れてきたのか移ってきたのか、すぐ軽いキスをしたり抱きしめたりすることが増えた。
ゆーくんはその度に嬉しそうにしてくれるし、最近は色々と我慢をしてくれている…らしい。

「あ~ヤバイ。俺どうしよう」
「なにが?」
「ちずのことが好きすぎて俺ヤバイわ。どうしよう...本当に結婚しない?」
「なに言ってんの」

ゆーくんの冗談を軽く交わし手を繋いで次の場所へ移動する。

ゆーくんはあたしと付き合い始めてからずっと“結婚しない?”とか“結婚して、ちず!”と言ってくれる。
彼女として最高の言葉をもらえて嬉しいけど、こんなに頻繁に言われるとなんだか“好き”という言葉と同じ意味にしか聞こえなくなって嬉しさが薄まってきた。

「本気なんだけど」
「はいはい」
「本気の意味知ってる?」
「知ってるよ」

横からなんだかんだと言ってくるゆーくんを軽く流しながらペンギンのところで楽しそうに話してるミキ兄と宏奈さんを見つけて歩みを速めた。

「ミキ兄」
「ちず」
「ちずちゃん」

宏奈さんが微笑みかけてくれて顔が緩む。
あたしの背後のゆーくんはきっと面白くない顔をしてるんだろうけど、それも別にいい。
本当、宏奈さんは可愛くてミキ兄の彼女には勿体ないんじゃない?!って思っちゃうくらい。

「ミッキー、ちずが俺の言葉を軽く流すんだけど」
「信用されてないんじゃないのか?」
「いや、そうじゃないって」
「信用してないわけじゃないよ」
「じゃあなんだ?」

ミキ兄が不思議そうに首を傾げる。
同じように宏奈さんも首を傾げてあたしの言葉を待ってる。

「だって、ゆーくん“結婚しない?”って言うんだよ」
「「・・・」」

しばしの沈黙。
え?って思ったのはあたしだけで、ミキ兄も宏奈さんもゆーくんも黙ったまま。


「え?なんか変なこと言った?」
「んー」
「んー」

ミキ兄と宏奈さんが顔を見合わせながら曖昧に言葉を発する。
ゆーくんはあたしの手を引っ張って距離をつめて、あたしの頭に擦り寄ってくる。
これはいつものことだけど、そんなゆーくんにミキ兄は頭を叩いて離れさせた。

「ミッキー、俺ってそんな信用ないかな?」
「・・・」
「…とりあえず、時間ないからイルカの行かない?」

黙りこくっちゃったミキ兄にすかさず話の転換をする宏奈さん。
あたしは予想外の空気に戸惑いながらも予定時刻のイルカに触れられる体験コーナーに向かった。
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