スターチス
「世津さん、元気ないですね」
前菜を持ってきてくれたウェイターの男の子が祐介と会話することもなく黙って俯くあたしに声を掛けてくれる。
「そう、」
「寝起きだからだろ」
あたしへの問いかけに祐介が答えて、あたしが睨むと祐介は外を見た。
あたしはウェイターくんが気を悪くしたんじゃないかと視線を向けると優しく微笑み返してくれて少し安心した。
「寝てたんですか?」
「そうなの。彼が電話をくれても気付かないくらい爆睡してて」
「お疲れだったんですね」
そう言って「美味しいディナーを食べて疲れた身体を癒してくださいね」と笑って戻っていった。
「可愛いね」
ウェイターくんの後姿を見ていると「ちっ」と舌打ちが聞こえて祐介に視線を向けると眉間に皺を寄せてタバコをくわえていた。
「ちょっと、ここは禁煙席だよ」
「あ?知らねぇよ、そんなもん」
火を点けようとするから「ダメだって言ってるでしょ」と、くわえていたタバコとテーブルに出したタバコを取り上げてバッグに直した。
なんだよ、と言いながらも祐介はそれに従い、グラスに入ったワインを飲み干し、また舌打ちをした。
「なにイライラしてんの」
「してねぇよ」
「サラダ来たから食べなきゃ」
「わかってる」
「…我が儘言うなら怒るよ」
あたし達の言い合いを見ていたのか、ワインを持ってきてくれた木藤さんがくすくす笑いながら祐介のグラスに注いでいく。
「どっちが年上かわからないな」
「うるせぇ。世津、タバコ」
「ダメだって言ってるじゃん」
「何がダメだよ、早く」
「あ!サンタとトナカイだ~」
木藤さんが持ってきたワゴンに乗ってるサンタとトナカイを見つけて、聞き分けのない祐介から視線を外した。
「今日はクリスマスですから」
「お子さま連れもいますもんね」
仲良く寄り添う二つのぬいぐるみを見て思わず顔がほころぶ。
この歳になってぬいぐるみが可愛いなんて言ったら祐介は「ガキが」って言うんだろうけど、可愛いもんは可愛い。
それに呆れてあたしをバカ扱いする祐介を差し置いても可愛いに勝るものなどない。
「よろしければ差し上げますよ」
「え?!いいんですか?!」
もちろんです、と優しく笑う木藤さんは本当にそのぬいぐるみをくれた。
あたしはそのぬいぐるみを手にして、さらに笑みが深まる。
それに反して祐介は“いらんモノを与えおって”と木藤さんを全力で睨みながら舌打ちをしてる。
それにしてもクリスマスになんという態度なんだろう。
普通、クリスマスってもう少し和やかで甘い空気が流れてもいいと思うんだけど。
とか思ったけど、祐介にそれを望むのは間違ってるし諦めた。
「先ほど青山様もいらっしゃって、奥様が同じ反応をされていました」
「涼が来たんですか?」
「はい、同じような雰囲気でしたよ」
同じような雰囲気ってこんな険悪な?
あたしの表情を見た木藤さんが苦笑したから涼のところもこんな感じだったらしい。
喧嘩ではないだろうし、おおかたナリくんの嫉妬ってところなんじゃないかと思うけど、あっちもこっちも似たもの同士で笑えるやら可笑しいやら、いいんだか悪いんだか。
「どうせいつものアレだろ?」
木藤さんの言葉に祐介が返事をする。
“いつものアレ”とはナリくんの嫉妬のことで祐介が涼を使ってナリくんで遊ぶから涼は結構迷惑してるらしい。
「大変だよね、あっちも」
「“も”ってなんだよ」
「お前もって事だよ」
木藤さんが輪をかけるように言うから「はぁ?」と少し浮上した祐介の機嫌が悪くなった。
あたしに話しかけるときとは違って友人口調になる木藤さんは笑う。
あたしは火に油を注いだような発言に苦笑するしかなかったけど、間違ってはないから否定はしなかった。
以前、涼と遊んだ時に「なんか似てるよね」って笑い合ったのを思い出した。
それで、ナリくんが何で怒っていたのかすごく気になった―――ていうのは半分嘘で、ナリくんと似ているなら祐介が不機嫌な理由がわかるかと思った。
「で、ナリくんはどうして不機嫌だったんですか?」
興味津々です、と目を輝かせると木藤さんはあたしの反応を面白そうに笑って、「旦那様の嫉妬です」と耳打ちしてくれた。