陽だまりの林檎姫
「しつこいって言っちゃあ何ですけどね。求婚していた相手に逃げられたんじゃ面目ないといって追い回すのもどうなんだか。可能性はあったんで驚きはしませんけど…お嬢さん?」

少しの反応も無い栢木は目を見開いたまま視線を落とし俯いている。

覗きこむようにタクミが視界へ入っても栢木は何の反応も示さなかった。

「アンナお嬢さん。」

「えっ?」

少し強めに呼ばれた名前でようやく栢木は我に返り顔を上げる。

「大丈夫ですか?」

「あ、ええ…。ごめんなさい。」

そこまで口にすると栢木は深く息を吸って肺の中の空気を出し切るぐらいに息を吐いた。

「大丈夫。少し思い出しただけ。」

栢木のその言葉に今度はタクミが眉を寄せて目を細める。

思い出したのは結婚を申込みに栢木家まで訪れたキリュウの姿だ。

前々から文書で求婚されていたものの栢木家は何度となくそれを断っている。

しかし余程思いが強いのかキリュウは父であるダグラス伯爵と共に栢木家まで押しかけ直接申込みに来たのだ。

よりによって公爵を仲介人にしたてあげ、断りにくい状況を作ってやって来た。

久しぶりに対面したキリュウは変に眼差しの強い不思議な空気を纏っていたという。

「何か…不気味で怖かったのよね。」

その日に栢木が漏らした言葉をタクミは思い出したのだ。

「この地域に来たというだけです。お嬢さんの居場所も知られていない。ただここいらではお嬢さんの髪色は目立ちますからね。」

そう言ってタクミは人差し指を立てると栢木の頭を指した。

「そのカツラ、予防策としては当たりですよ。」

タクミの言う通り、栢木の一味違うところは外見にある。

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