陽だまりの林檎姫
その様子に微笑むとタクミは視線を遠くに伸ばして切り上げる声を出した。

「さて。」

タクミの声に促されるように逸らしていた顔をまた彼の方へ向けて視線を合わせた。

頭1つ以上身長差のあるタクミは近ければ近いほど顔を見上げるのに苦労する。

こんな感覚も懐かしい、そんなことを思い出して栢木は少し寂しい気持ちになった。

「今回は念の為に声をかけただけです。まあそんなに気にせず、何か動きがあればまた知らせますよ。」

「分かった。」

それは暗にすぐ事が起こる訳ではないと言われている。

まだ捨てきれない、見付けられていないという可能性も光を浴びた気がした。

「俺はこれから一度栢木家に戻ります。因みにお嬢さんのところにずっといる訳じゃないから呼んでも顔を出さないと思いますんで。」

タクミの言葉に栢木は力強く頷く。

「何も知らない、これまで通りにしていればいいのね。」

「宜しくお願いします。」

満足げな笑みを浮かべるとそう言うなりタクミは栢木の横をすり抜けて去って行った。

タクミの後ろ姿を見ていた栢木だが、すぐに気持ちを入れ替えて北都を探す任務に戻ることにする。

やはり駆けていった先の講堂には既に人の気配はなく、北都も少なからず会場を後にしていることが分かった。

タクミの言葉が気にならない訳じゃない。

でも自分ではどうすることも出来ないと割り切る意外に方法は無いのだ。

だって栢木は自分からこの場所を手放さないと決めている。

「北都さん。」

理由にしてはいけないことに駆られて不安が栢木を包み込もうとしていた。

早く見つけないと。

今までの日常に戻ることが何よりの薬だ、栢木はそう信じて北都を探し続けた。
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