陽だまりの林檎姫
「ミライ、人に向けて指差しちゃ駄目って言われなかった?」

「こりゃ失礼。」

大して気にするそぶりもなく肩を竦めるとミライはまた忙しそうに作業に戻っていく。

「マリーにも言ったけど…本当に毎日が採用試験みたいで気が休まらない。」

今日の重労働を思い出して栢木は腕を伸ばしながらそのまま机に体を突っ伏した。

「朝に出て行って帰ってきたのが今でしょ?そりゃ疲れるわよね。北都様の毎日って言ったら研究しているか逃亡しているかのどっちかだし。」

「今日も講演会に行くと言って出て行かれたきり。はい、栢木おまたせ。」

ミライの言葉に乗るように入ってくるとマリーは栢木の横に紅茶の入ったカップを置いた。

添えられたマカロンの存在に栢木の心が大きくときめく。

マリーの言う様に栢木の主人である北都は逃亡するか研究室に籠るかの毎日、はっきり言って二人は顔を合わせるのが珍しい関係だった。

「顔を見たかと思ったらほぼ無視。不愛想っていうか無表情?いつ口を開くか分からない割に言ったことは1回で聞き取らないと見限られちゃうしね。ああ厳し!あれに立ち向かっていく栢木には頭が下がるわ。」

「でも北都様の頭脳は相麻製薬にはなくてはならないもの。相麻製薬がここまで大きくなったのは北都様の開発した画期的な新薬のおかげと言っても過言ではないわ。そうでしょう、2人とも?」

マリーの言葉に栢木もミライも頷く。

「厳しい人ほど寡黙なものよ。そして誰より気苦労が絶えない。」

「気苦労なら栢木も負けてませんよ?マリーさん。」

「ふふ。そうね。」

出されたばかりの紅茶を口に含みながら栢木は難しい顔をする。

最高の待遇に仲間の環境も申し分はない、働くにあたっての不満はない。

だが表情はそんな事言ってなかった。
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