陽だまりの林檎姫
抜け出した北都を迎えに行くときは年季の入った馬車を選ぶようにしていたが今回はそれが当たりの様だ。

公式に訪問する際にはもう1つの立派で大き目な馬車を使用するが、それは逃げ出した主人を迎えに行くにはかなり恥ずかしい見せ場になってしまう。

どこにでもあるような地味な馬車の方が人の目にも留まりにくいし北都だとバレずにすむのだ。

質素だが丁寧に手入れされた馬車の扉を開けて栢木は北都を迎え入れた。

北都が乗り込むとすぐに自分も乗り込み、素早く扉を閉める。

「お願いします。」

箱の中から御者の背にあたる部分の壁を叩いて出発の合図を送る。

動きだした馬車の中、栢木は北都の向かいに座った。

実家に居た頃は進む方を向いて座っていたが今は立場上反対側に座ることになる、いつまで経っても新鮮で悪くないなと気に入っていた。

ほんのりと香る北都の香水にとりあえずの任務完了を心の中で呟く。

「マリーも困ってましたよ。あまり年寄りを困らせないで下さいね。」

頬杖をついて外を眺める北都に話しかけた。

しかしいつもの説教に北都は視線を変える事無く口だけを開く。

「そんなつもりはない。」

「私はボディーガードなんですよ?北都さんの行動を把握しておかないと守るものも守れません。今日は良かったものの、もし相手が力づくできたら北都さん1人では無理です。」

この際動けなかった自分のミスは棚に上げて最悪仮定の話を広げようとした。

しかし続けようと思った矢先に浮かんだ疑問が栢木の思考を止めてしまう。

これは解決しないと気持ち悪いと判断して北都に尋ねることにした。

「…ところで、あの人は誰だったんでしょう。」

「製薬会社の引き抜きだ。」

「引き抜き?ああ…そういう狙われ方もあるんですね。」

「…他に何だと思ってたんだよ。」

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