陽だまりの林檎姫
頬に残る北都の感触がみるみる体温をあげていく。

「…ずるい。」

心を許してくれているのだろうか、最近では気まぐれにこうして手を伸ばしては触れてくるようになった。

栢木が手を伸ばそうとしても明らかに拒むくせに、北都は不意打ちで触れてくるのだ。

なんてずるい。

寝息も立たずに静かに眠る北都を見つめてため息を吐くと、栢木は背筋を伸ばして顎を引いた。

何を言われても関係ない、栢木の仕事はただ1つだけだ。

北都を守ること。

カフェテリアで声をかけてきた人物は追いかけてきていないだろうか、屋敷へ向かう馬車の中で全神経を尖らせて仕事に集中した。

「お疲れさん。」

「お疲れさん。」

御者と門番が交わす声が聞こえて息を吐く、馬車は高い煉瓦造りの塀に囲まれた相麻家別宅の門をくぐり敷地内へと入っていく。

玄関までは少し距離があり、丁寧に手入れされた庭を突き抜けるように進むと既に出迎えが並ぶロータリーへと辿り着いた。

箱を叩く音を合図に栢木は扉を開けて先に降り、使用人たちも次に降りてくる人を迎える為に軽く頭を下げる。

ゆっくりとした靴音は、屋外にも関わらずやけに響いて聞こえた。

やがて屋敷の主人が姿を見せる。

「おかえりなさいませ、北都様。」

「おかえりなさいませ。」

次々と上がる出迎えの声に応えることもなく、主人は何事もなかったように屋敷の方へ歩いていく。

堂々とした姿は立派なもので、若年ながらも自分がこの屋敷の主人なのだという意識があるように思えた。

「おかえり、栢木。」

「マリー!ただいま。」

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