陽だまりの林檎姫
社長である相麻千秋が北都の屋敷にくる事は過去に何回あっただろう、栢木は何となく不安に駆られて北都の私室の方を眺めた。

思えばこの大きな屋敷も父親として千秋が北都に用意したものだと聞いている。

馬車も使用人も全て北都の為に揃えられ、ボディガードとしている栢木の枠も千秋が準備したものだ。

千秋は北都がまだ相麻製薬の研究員になる前から手厚いサポートをし、勉学に勤しむ彼に惜しみない環境を与えてきたらしい。

本宅に住めない北都へのせめてもの思いが現れているのだろうか、北都はまだ幼い時分からこの広い屋敷の主人として1人で過ごしてきたのだ。

しかしその頃から既に千秋が来ることは極めて少なかったという。

マリーも数える程しかないと言い、千秋が訪れるだけで興奮状態になるのは仕方ないことだった。

珍しい、それと共に何かあったのかと勘ぐってしまう。

「封書を置いていかれたようだけど…栢木?」

マリーの話が終わる前に栢木は歩きだしていた。

「北都さんの所に行ってくる。」

この心配は取り越し苦労だったり余計なお世話かもしれない、しかし栢木は足を向けずにはいられなかった。

決して親子仲が悪い訳ではない。

それでも北都が少しでも嫌な気持ちになったり、心乱されているかもしれないと考えるだけで体は動いていた。

2階の奥、日当たりのいい広い部屋が主人の私室。

今はきっとそこではなく隣の仕事部屋にいるだろう。

ミライの合格印をもらった珈琲を持って栢木は北都の仕事部屋の扉を開けた。

「北都さん、珈琲をお持ちしました。」

扉を開ければ椅子にも座らず、立ったまま書面に目を通す北都の背中が出迎える。

やはり此処にいた。

書類を読む姿に僅かな不安は募ったが、極力いつもどおりに振る舞おうと栢木は足を進める。

無表情はいつもの事だが、さっきのマリーの言葉が過って栢木に余計な考えを生ませた。
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