陽だまりの林檎姫
あれは千秋が持ってきた書類だろうかと。

「講習会お疲れさまでした。屋敷内、全て異状はありません。」

「そうか。」

書類に目を向けたまま北都は答えた。

余程大事な内容なのだろうか、いつもより無関心な反応に居心地が悪くなる。

邪魔してはいけない、そう感じて何も言わずに部屋を後にしようと静かに足を引いた時だった。

「社長が来たようだ。」

栢木の退室の雰囲気を感じ取ったのか、北都が口を開く。

しかし相変わらず書類に目を向けたままで栢木としてもどう反応していいか迷うところだった。

「はい。仕事の合間に寄られたと聞きました。社長からですか?」

栢木は北都の手元の紙に視線を送ってそう尋ねてみる。

ちょうど全てを読み終えたのか、机の上に放り投げると窓の方へと足を向けて背中で答えた。

「ああ。」

読み込んでいたわりには他人行儀な態度に栢木は首を傾げる。

踏み込んでいいのだろうか、しかしそう考える前に思わず口から言葉が零れてしまったようだ。

「…どうかされました?」

栢木の言葉は聞こえているだろうが、北都は黙ったまま外の景色を目に映してカーテンを開けた。

もう日暮れの時間、そろそろ星が瞬きそうな色になってきている。

「次の研究の成果を楽しみにしていると、書いてあった。」

「進みが悪いんですか?」

「良くはないな。」

会話らしい会話をできたことによって栢木はトレイに乗せたままの珈琲を机の上に乗せながら北都の言葉を受けて安堵した。

ここで黙られてしまうと栢木としても色々やり辛くなってしまう。

< 118 / 313 >

この作品をシェア

pagetop