陽だまりの林檎姫
進み具合を教えられても栢木に判断は出来ないが、例え良くても北都なら同じ様な台詞を言うに違いないと分かっているのだ。

「どうぞ。」

背を向けている北都には珈琲が置かれたことが伝わっていないだろう、栢木はわざとカップの音を鳴らしてその存在を示した。

栢木の狙い通り、音に誘われて振り向いた北都はカップを手にして珈琲を口に含む。

「今日はもう出ない。」

それは終わりを意味する言葉、どうやらこれ以上の会話を今は望んでいないようだ。

「分かりました。」

一礼をして部屋を出ると栢木はその足で自分の部屋へと向かう。

栢木の部屋は北都の私室のすぐ傍に位置し、小さな1人用の部屋を与えられていた。

部屋に入って明かりを灯すと上着をベッドの上に放り投げて鏡の前に立つ。

ウィッグを外せば鮮やかな金色の髪がその姿を現し胸の下くらい迄ある髪が揺れながら落ち着いた。

簡単に前髪を直して、無造作に放り出された上着をハンガーにかける。

そしてベッドの上に倒れこむと一日の疲れを感じ取りながら目を閉じた。

今日は久しぶりに朝から走り回った為いつもより疲れている。

あの紙、さっき無造作に放り投げられた社長から北都へ宛てられた紙は文字が少なかったように思えた。

きっと凄く簡潔な文章、しかしそれを北都は深々と読み込んでいたような気がする。

純白の上質な紙に書かれた少ない文字には何が含まれているのだろうか。

何となく不安の様なものが心の中で生まれて栢木は腕で視界を塞いだ。

北都の表情、仕草、思い出すだけで全てが意味深なものに思えてくる。

「駄目だ、暗い。」

それもこれも疲れているから悪い方に考えているのかもしれない。

目の前に現れた栢木家の従者タクミの言葉にまだ翻弄されている自分がいた。

一方的に決められた婚約者であるキリュウが自分を探している。

「…大丈夫。」

そう唱えて視界を開けた。

夜の食事にはまだ時間があるだろう、栢木はそのまま少しだけ仮眠をとることにした。
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