陽だまりの林檎姫
ここで遠巻きに監視していても仕方がない。

「北都さん。」

そう大きな声ではなかったが深夜の屋外に栢木の声はよく響いた。

突然声をかけられたにも関わらず、落ち着いた様子で北都はゆっくりと振り向く。

目に入ったのは彼にとって意外でも何でもない人物。

いつものように平然とかわすのかと思いきや、一瞬変な表情をし途端に目を凝らすようにして栢木を眺めた。

彼の口元から音にならない深いため息が聞こえてくる。

「ちょっと、人の顔見た途端なんですか!」

深夜と言うこともあり、遠慮して出来る限り抑えた声量で怒りをぶつけた。

「お前…こんなとこで何やってる。」

怪訝そうに栢木を睨む様子に怒りを通り越して呆れそうになる。

自分のことはさておく主人に向かってまず栢木はため息をついた。

仕返しだと言わんばかりに盛大に、そして芝居めいた態度でお見舞いしてやる。

「…深夜に物音がしたので探りにきたんですけど、まさか北都さんが犯人だとは思いませんでした。」

刺々しく口にしたがそれは嘘だ。

北都の私室を素通りした時点でだいたいの目星はついていた。

栢木には何となく予感がしていたのだ。

物音の正体が自由奔放に動きまわる我が主人である可能性、そのあきれるくらいの高さに。

「どちらへ?」

「採水だ。」

栢木の問いに親指を立てて研究施設の傍にある井戸を指した。

そういえばずっと前からあそこにあった筈だが意識したことが無かった井戸の存在に栢木は瞬きを重ねる。

「採水?」

いまいち理解が出来ていない栢木に、付いてこいと言葉ではなく顎で指示をして歩き始めた。

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