陽だまりの林檎姫
先に進む主人を追って栢木は素直に後を付いていく。

何も会話がない静かな夜の散歩は2人の草を踏む音が必要以上に大きく響いて不思議な感覚に捕らわれた。

この先には離れの研究施設しかない。

しかし中には入らずに外にある井戸の前で足を止めた。

「井戸水を汲むんですか。」

栢木が井戸の中を覗いている背後で扉が閉まる音がする、振り向けば数本の瓶を持った北都が歩いてきていた。

そして井戸の前で立ち止まり足元に瓶を置いて夜空を仰ぐ。

見上げれば大きく浮かぶ満月。

「綺麗ですね。」

北都に倣う様に栢木も見上げると心に浮かんだ声が素直に漏れた。

今夜は月明かりが眩しく、北都の表情どころか髪の毛一本一本でさえもよく見えるくらい。

どうやら北都も同じ思いの様で月を見上げながら微かに微笑んでいるのが分かった。

淡い光に照らされた横顔はとても綺麗で、いつもと違う雰囲気に思わず見惚れてしまいそうになる。

いや既に見惚れていた。

まるで神秘的なものを見ているかのような感覚に捕らわれ、ただ釘付けになっていた。

本当にこの人は口さえ開かなければ文句の付けようがなく素敵な人なのに。

「何だ、その顔。」

「え?」

惜しいという思いが表情に出ていたようで、渋くなっていた表情を崩していく。

誤魔化すように視線を逃がしてとぼけた顔をするが、おそらく筒抜けだろう。

沈黙が二人を襲い、奇妙な時間が流れた。

「あ、手伝いましょうか?」

何とか空気を変えようと思い水桶を手にした北都に近寄り手を出した。

しかし何故か固まったまま何も返事がない。

< 122 / 313 >

この作品をシェア

pagetop