陽だまりの林檎姫
暗い室内には独特の匂いが立ち込めている。

薬品だったり植物だったり、紙の匂いだったり、そこはまさに北都だけが住むことを許される北都だけの世界だった。

この場所にこれ以上踏み込んでもいいのだろうか。

そんな疑問が浮かんで足がすくんでしまうまだ一歩も動き出せないでいる。

「あっちだ。」

固まったままの栢木を促すように北都は窓際にある手洗い場を指して示した。

声が出ない栢木は戸惑いながらも頷くとゆっくり足を踏み出していく。

進みだした途端に北都が支えていた扉が自由になりやがて外と世界を二分するように重い音を立てて閉じた。

微かにあった外からの月明かりも絶たれて栢木は肩を揺らす。

名残惜しそうに後ろを振り向くと体を支えられている北都から声がした。

「大丈夫だ。行くぞ。」

距離が近くてもハッキリと北都の表情が分かる訳ではない、しかし声の存在と北都の体温に落ち着きを取り戻した栢木は小さく頷いた。

ゆっくり、ゆっくりと足を進めて目的の場所に向かう。

少しずつ目も暗闇に慣れて手洗い場に辿り着いた頃にはある程度視界が広がっていた。

着くなり北都は箱の中から薬を取り出して口に含む、慣れた様に瓶に入った水で流し込むと喉を通る音が部屋の中に響いた。

これで大丈夫、そう思わせる北都の息が聞こえて栢木もホッと息を吐く。

「ほく…わっ!」

声をかけようとしたときにカーテンが開かれ、突然入ってきた月明かりに目が眩んでしまった。

それと同時に部屋の中も照らされてその様子が明らかになってく。

山積みの資料に広い机、大きな樽に本棚には溢れんばかりの書物が並んでいた。

入りきらない本は上に押し込まれている様子を見るとそこまで北都が几帳面でないことが分かる。

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