陽だまりの林檎姫
背表紙に何か書いてあるが暗くてそこまでは読み取れなかった。

同じ様な表記が並んでいるという事は継続的に使用していたものだろう。

壁に貼られた紙には殴り書きのように文字や数式が羅列していた。

作業中であろうか栓をされた試験管の中には液体が入っており、試験管立には数本並んで置かれている。

すり鉢も擦り器も手の届くところに置かれていた。

白衣がかかっている椅子がおそらく北都の定位置だろうなと流れていた視線を止める。

「珍しいか?」

すっかり見惚れていた栢木に北都が声をかけた。

その調子だと怒っている様ではないと分かり栢木はとりあえず一安心する。

「はい。具合はいかがですか?」

「治まった。…悪かったな。」

「いいえ。」

深夜の静寂の中で2人の声は互いの耳によく届く。

まるで持病の様だったあの症状を尋ねてもいいのだろうか、しかし何となく聞いてはいけないことの様な気がして栢木は口に出せなかった。

もやもやとした感じは残る、でもこのまま何も聞かずに部屋を出る方がいいのかもしれない。

だけどもしまた同じことが起こってしまったら、そう考えるとなかなか動き出せなかった。

判断に迷う気持ちが沈黙を生んでしまう。

「聞いてもいいのか。」

「えっ?」

「そんな顔だな。」

声をかけられ顔を上げると、月の光を浴びた北都が寂しげに微笑んで栢木を待っていた。

その表情、声色、それだけで判断してもいいのなら許されているような気がする。

「…以前から患っているものですか?」

言葉を考える間もなく口からすんなりと疑問が零れ落ちた。

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