陽だまりの林檎姫
栢木の問いを受けて考える様に小さく唸ると北都は視線を足元から天井へと泳がし口角を上げる。

「少し違うな。」

その言い回しの理由が分からない栢木は表情で疑問符を投げた。

「以前患っていたものの、後遺症だ。」

やけに晴れ晴れとした表情で答える北都に栢木は見惚れてしまう。

表情も声も晴れやかだが言葉は少しも晴れやかにはさせてくれなかった。

「…後遺症。」

同じ言葉を繰り返して栢木は自分の中に浸透させていく。

手洗い場に持たれていた体を起こすと北都は奥の方に進んで行ってしまった。

追いかけていいのか分からない栢木はその場で立ち尽くすが、その判断は間違っていなかったらしい。

椅子を手にした北都が戻ってきて書類や辞典が広がっている彼の執務作業机の傍にそれを置いた。

「話は長くなる。付き合うか?」

いつものどこか拒絶するような目とは違う、どこまでも済んだ輝きは月明かりのせいだけではない筈だ。

「はい。お願いします。」

そう言って一歩踏み出し北都が持ってきた椅子に促されて腰をかけた。

ここは北都だけの研究室、あのマリーでさえも足を踏み入れたことのない場所だ、来客など勿論想定していないのだろう。

机の上を見れば書きかけの論文の様なものがあった。

暗くてよくは見えない、あまり見るのも失礼だろうと栢木はすぐに北都に視線を戻した。

栢木が座ったのを確認すると北都も自らの定位置に腰を下ろす。

「俺が薬を開発しているのは知っているな。」

「はい。画期的な新薬だったと。」

「それだと誤解を生みやすいな。俺は最初からそんな凄い薬を作れた訳じゃないし、失敗作だって沢山ある。それに今一番評価されている薬を作れたのにも理由があったからだ。」

「理由、ですか。」

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