陽だまりの林檎姫
「何度断っても結婚の申込みである文書が送られ、ついには親子で屋敷に押しかけて来たんです。」

「は?」

「北都さんにもあったそうですね。女性が屋敷に押しかけて来た事件。」

「あったか?」

「ミライたちがお引き取りに苦労したってぼやいてましたよ?」

本当に覚えがないのか北都は片眉を上げて視線を天井に逃がすと小さく唸った。

ここまで来ると北都に報告していないのだろうかと疑いたくもなるが多分聞いても本気で忘れているのだろう。

「で、押しかけて来て?」

覚えていない事には興味がないと北都は話題を戻した。

「公爵を仲介人にしたてて婚約を突きつけてきました。さすがに父も断れず…承諾もしませんでしたが、手詰まりになりまして。」

栢木はあの時のことを脳裏に浮かべる。

ダグラス親子が帰った後に緊急家族会議が開かれたのだ。

議題はただ1つ、どうやって逃げ切るかということだった。

「父や兄がとにかく逃げろと私に言ってくれて、母はいつの間にか町娘の服まで用意して。弟は途中まで付いてきてくれました。後は任せろと送り出してくれたんです。」

「そうか。」

温かい気持ちを抱えながら話す栢木に北都は優しい声で相槌をうってくれる。

その音が嬉しくて栢木は微笑んだ。

「何とかして断ると言ってくれたんですけど…公爵まで巻き込んでいるのでおそらく無理でしょう。だからなるべく遠く離れた場所に身を隠して月日が流れるのを待とうと考えたんです。」

「それで馬車でも20日はかかるここまで来たのか。」

「はい。でもまさか身元がばれるとは。…そういえば北都さんはどうして私が伯爵家の人間だと分かったんですか?」

「タータン先生が教えてくれた。」

聞き慣れない名前に瞬きを重ねるが、やがてさっき北都から聞いたばかりの話に出てきた人物だと思い出して目を見開いた。
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