陽だまりの林檎姫
でもこの地域まで手が伸びてきたということは見つかるかもしれない確率が高まったということだ。

一切の油断は出来ない。

「どうにも落ち着かなくて。」

心配かけまいと無理やりにでも笑おうとするが声も手も少し震えてしまった。

やっぱりあの日見たキリュウの目が忘れられない。

いつかの記憶をすっかり塗り替えてしまう程の曇った眼差しはそれでも鈍い光を宿していたから。

「でも、立ち向かわなくちゃいけないんですよ。私も。」

「私も?」

「はい。」

疑問符を浮かべる北都に微笑むと震えを止めた栢木が背筋を伸ばした。

「病気に立ち向かった北都さんの様に。今でも後遺症と戦い続ける北都さんみたいに。」

そう言うと栢木は手洗い場の近くに置かれてある薬を見つめてまた北都に視線を戻す。

「治って良かったです。北都さん。」

まだまだ後遺症とは付き合っていかなけらばいけない事など分かっている、それでも栢木は言いたかった。

「やっぱり画期的な新薬ですね。」

どういう経緯であれ、どういう思いがあったにせよ結果として多くの人の命を救った薬であることは間違いない。

それが誇らしいと思うのは欲目からだろうか。

「…凄いのは医療の方だ。薬なんか大したことない。」

「そうでしょうか。」

「今では両腕を無くしたとしても他人の腕を移植できるほどに医療は進化している。それを出来る人間がいることの方がよっぽど価値があるだろ。」

確かに凄い技術だがたとえ話の濃さに栢木は思わず絶句してしまった。

頷きたくも反論したくも何も思考が回らず空笑いをするしかない、そんな栢木に気付いた北都はしまったと申し訳なさそうに頭を掻いた。

< 139 / 313 >

この作品をシェア

pagetop