陽だまりの林檎姫
「とにかく、お互い今まで通りにすればいいということだろう。」

そう言いながら立ち上がると北都は手洗い場のところまで歩いていき薬を1つポケットに忍ばせる。

取り残されてしまった栢木は黙って北都の動きを見守るしかない、だが栢木を促すように北都は視線を合わせてもの言いたげな表情を見せた。

「採水、行かないのか?」

「あ、はい!」

栢木の答えを受けると北都はそのままカーテンを閉じて扉の方へと歩いていく。

返事に微かに笑みを浮かべたのは見間違いじゃない、淡く生まれ疼く感情を胸に抱えて栢木は北都に付いて駆け出した。

「研究室では走るな。」

「は、はい!」

容赦ない物言いは話すようになった分だけ強化されたかもしれない。

先に外に出た北都は既に井戸の前で作業を始めているようだった。

部屋の中にいた時よりも月明かりを強く感じて引き寄せられるように空を仰ぐ。

栢木のことは構わずに桶を井戸の中へ放り投げ、慣れた手付きで縄を持って滑車を回し水を汲み上げる音が聞こえてきた。

水が波打つ桶を石畳の上に上げて瓶の中へ水を移していく。

用意した瓶すべてに水を入れるとコルクで栓をしてまたそれを研究室に戻していった。

一度に運べず井戸の傍に取り残された瓶を掴んで栢木も北都の後を追う。

「…この水は研究で使うんですか?」

答えを求める栢木に頷くと新たに生まれた疑問をまた北都は投げられた。

「いつもここの水を?」

こんな夜更けに物音がするのは極めて珍しい事で、水をきらしていたのかと単純な疑問が浮かぶ。

「いや、今日は特別だ。満月だからな。」

そう言って外に出ると北都は空を見上げた。

満点の星空に丸く大きな月がいつにも増して輝いている。
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