陽だまりの林檎姫
「満月の度に採水をされてたんですか?」

いや、と小さく否定して北都は視線を井戸に移した。

「こんな言い伝えがある。太陽と月明かりを常に浴び続けた水には特別な力があると。」

この一週間晴れが続いていた為、今この井戸水にはその力が宿っている。まして今夜は満月、もっとも力が満ちる時だと北都は続けた。

希に見る代物だと少し誇らしげに北都は桶の中に残る水を揺らしてもみせる。

きっとやりたい研究が進むのだろう、微かだが普段見せない無邪気な姿が微笑ましかった。

「特別な採水、という事ですね?」

この時間を共有できた喜び、秘密を分かち合ったようで嬉し恥ずかしい気持ちが栢木を満たしていく。

「まあな。」

そっけない返事も気にはならない。

背中で答えながら研究室に鍵をかける北都を見送るとまた夜空を見上げた。

特別な夜、静寂が耳に痛かった屋敷の中とは違い、心地よい空気が心も体も洗うように軽くしていくようだ。

「綺麗な満月ですね。」

傍に来た北都の気配を感じて栢木は思いを口にする、空を見上げて微笑む栢木につられて北都も空を仰いだ。

今日何度目の月見だろうか。

淡くも鮮明ともとれる光は全てを浄化していくように感じて心が震える。月明かりには言葉に表し難い神秘的な力があるような気がした。

とても強い力が働いている感じがして急に不安になり横目で北都の姿を確認する。

月の光を浴びる姿は何故かこの光と北都が共鳴しているように見えて少し恐くなった。

「…事情は分かりますが、夜の外出があるなら教えてもらえます?」

少し声が震えていたかもしれない。

遠くに行きそうな北都を引き戻すように、いつものように栢木は指摘をした。

なんとなく今の距離でさえも近いとは思えないほど心が騒めいている。

そんな栢木の不安が伝わったのか、北都は栢木を見つめたまま近寄りやさしく栢木の髪に指を通した。

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