陽だまりの林檎姫
「はい。」

言葉はそれ以外に必要なかった。






*
「こんにちは。相麻北都の遣いで来ました、栢木です。」

何度となく通い慣れた相麻製薬の受付で栢木は明るい声を出した。

既に栢木が北都の遣いであることは皆の知るところであり、受付の女性も顔を見るなり親しげな笑みを浮かべる程だ。

「こんにちは栢木さん。すぐに社長室に連絡します。お待ちくださいね。」

対応してくれた女性は笑顔で答えると作業に取り掛かった。

今日は来客も落ち着いているのか商談スペースを利用する人も少ないようだ。

「栢木さん、もうすっかり北都さんの秘書ですね。」

もう1人の受付女性が楽しそうに話しかけ窺うように上目遣いをしてきた。

どうやら何かを期待している、それがありありと分かって栢木は面倒くさそうな表情で返す。

「お遣い犬ですよ。」

「じゃあ愛犬だ。可愛がってくれています?」

「…あのね。」

会社の受付で何という話を掘り下げようとしているのか。

彼女も自分も仕事中だと呆れて栢木が諭そうとした時、そんな手を煩わせまいと最初に対応してくれた女性が会話を切り裂いた。

「不適切な会話はしない!」

「いたっ!」

まっすぐ伸ばした手でけっこう効いてそうなチョップを頭に落とす。

思いもよらない行動に栢木は目を丸くして瞬きを重ね、かまされた女性は涙目で訴えた。

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