陽だまりの林檎姫
案の定、栢木は驚いた表情のまま言葉なくゆっくりと頷いた。

聞いていませんと顔に書いてあり、幾分か三浦には分が悪い状況だ。

「北都さんが養子だという話は。」

「聞いています。確か6歳の時だと。」

「はい。最初は社長と奥様と共に本宅に住んでいたんですけど、奥様のご懐妊を機に別宅の方へと移られました。その時に北都さんから養子縁組の破棄を申し出されたようですが…社長が受け入れませんでした。」

三浦が苦しそうな表情で遠い目をする。

北都自身が話してくれた時もそうだったが、この時期はきっと様々な思いが交錯して空気も悪かったのだろう。

喜ばれるべきおめでたも辛いものとなってしまったに違いない。

「あの、奥様は。」

「体調が優れず臥せっておいででした。安定期に入れば回復したようです。」

「そうですか。」

欲しかった答えとは少し違っていたが、一時期のつわりだけだったようで栢木も安堵した。

思えばそうだ、確か相麻夫人は3人の子供に恵まれている。

「奥様は…悩んだようでしたけどね。」

それが何については言及しなかったが栢木にはその意味が伝わって何と答えていいか分からなくなってしまった。

悩んだ。

もしそれを北都が知っていたとしたら、そう考えると居た堪れない気持ちに悩まされるだろう。

「断固として破棄を許さなかった社長は北都さんを相麻製薬の役員にしました。まだ子供です、それは周りが反対しましたが社長は聞き入れませんでした。」

「…はい。」

「北都さんの別宅での様子はマリーさんから聞いていました。社長が残した薬学や医学の書物を熱心に読んでいると。それを聞いた時の社長は大層嬉しそうにして、別宅の離れに研究施設を作ったそうです。」

まるで子供におもちゃを与える様に、そう続けると三浦は一呼吸置くように口角を上げた。
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