陽だまりの林檎姫
言葉にしたくなかった不安が文字になり栢木の心が闇に染まる。

「う…っ。」

こみ上がってきた涙が溢れそうになり栢木の足が止まった。その時だった。

「おいっ!!」

考えるよりも先に体が反応して栢木は顔を上げる。

声がした方に導かれれば聞き慣れた音の持ち主がそこに立っていた。

名前を呼ばれた訳でもないのに自分に向けたものだと分かったのが不思議だ。

広い道路の向こう側、馬車から降りたばかりの北都が余裕のない表情で栢木を見ていた。

「北都さん…。」

栢木の口元が動いたことと、自分の存在に気付いたことに安堵すると北都から息が漏れる。

「北都さん。」

探していた人が目の前に現れた。

栢木は吸い寄せられるように足を動かすと堰を切ったように駆け出す。

しかし広い道路では馬車が行き交っているところだった。

「待…っ来るな!!」

勢いよく向かってくる馬車に気付いた北都は栢木に向けて叫ぶ。

北都の声よりも先に空気で馬車の存在に気付いた栢木の足は道路に飛び出したまま止まってしまった。

ぶつかる。

覚悟も何もなくその未来だけが抵抗なしに頭の中に入ってくる。

「戻れ!!」

今から走り出しても間に合わない、北都はこれ以上にない位の声で叫ぶがどうにもならなかった。

北都の叫び声が聞こえても風の様にすり抜けていく。

避けなきゃ、そんなことは少しも考えずに思考も足も止まったまま。

< 162 / 313 >

この作品をシェア

pagetop