陽だまりの林檎姫
「お、おい。」

北都の焦った声が聞こえてくるのも無理はない。

緊張から抜け出した栢木の目からは大粒の涙、安心が今までずっと堪えていたものを許してしまったのだ。

「…良かった。」

今、心の中にそれしかない言葉を呟く。

勘違いで良かった、見限られて無くて良かった。本当に良かった。

「もしクビだったら私…どうしようって。」

「…お前、どれだけ庶民的なんだよ。」

今まで働いていた分を集めれば暫く暮らしていく事は出来るだろうに、生活苦を訴えるような栢木の言葉に北都は呆れ顔で返した。

しかしそれは北都の勘違いだったらしい。

栢木の本当の気持ちは違うところにあった。

「私は厄介な問題を抱えた人間だから…っ。北都さんも扱い辛くなったのかなって…ずっと不安でした。」

堰を切った感情は抑えなくてはいけないところまで解放してしまう。

「皆に迷惑がかかる前に屋敷を出ていった方がいいのは分かってるんです。…何かあってからじゃ遅いって、でも私…どうしても。」

震える声で必死に言葉を紡いでいく栢木は自身でも心を制御できていなかった。

言ってはいけないこと、伝えるつもりの無かったことまでが縛りを解かれて自由になってしまう。

そうだったんだ。

納得する声を胸の内で呟き自分の心と向き合った。

「どうしても…北都さんの傍に居たかったんです…っ。」

拭っても拭っても次々に溢れ出てくる涙は終わりを知らない。

泣きながらも訴えようとする栢木に北都は言葉を失い聞くことしか出来なかった。

「必死でしがみ付こうとするなんて見苦しい、そんなこと分かってます。でも怖くて…追いかけないとどんどん離れていくような気がして…っ!」

それはあの日強く感じたこと、互いの秘密を明かし月を仰いだあの時間。
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