陽だまりの林檎姫
これは本当にあのキリュウだろうか、幼い頃の記憶が重ならない今の姿に疑問符ばかりが浮かぶ。

驚く栢木を見つめながらもキリュウは余裕の笑みを崩さず、それどころか見下すように口角を上げた。

「そしたら驚いたよ、君はしっかりと自立した女性として働いているじゃないか。まあ今までのアンナを思えばそうなることくらいは予想着くよね。」

手を振り上げたり下ろしたり、大げさな手の動きが何を意味しているのか翻弄されそうになる。

一種の手法のようだ。

相手のペースに引き込まれそうな感覚を覚え、栢木は平静さを保つよう心の中でずっと自分に語りかけていた。

聞くな、乱されるな、巻き込まれてはいけない。

視界が歪みそうな感覚に捕らわれながらも平静さを装って背筋を伸ばし続けた。

「…でも問題はまだ栢木姓を名乗っていることだ。」

片手を腰に、もう片方の手を顎に当てると思案するように低い声で呟く。

一体それが何だというのだろうか。

奇妙な感覚に捕らわれながらも栢木は目を細めてその理由を問いかけた。

どうやらその仕草だけで栢木の思うところがキリュウに伝わったらしい。

「可笑しいとは思わないか?婚約破棄に近い形で家を飛び出した身の君が、何故その姓を名乗っていられるのかな。」

遠回しに言い続けるジレンマが栢木の表情を険しくした。

それは彼の思うツボだったのだろうか、キリュウは口角を上げて満足そうに少し前のめりになる。

「未練がましいって言っているんだよ。」

声を潜めて告げられた言葉に栢木の目が見開いた。

逃げる形で家を飛び出した割には堂々と栢木姓を名乗って暮らしている。

どうせ逃げるのであれば縁を切る覚悟で出て行けとでも言いたいのだろうか。

まだ栢木の人間であるのなら婚約は継続中だと満足そうに笑うキリュウの目が告げる。

栢木はゆっくりと目を閉じて、一呼吸置くと再びその強い眼差しをキリュウに向けた。

胸の内で北都に一言詫びを入れて。
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