陽だまりの林檎姫
「僕は君の婚約者だよ?」

「その申し出はお断りします。」

「どうして?」

戦いのきっかけをくれたのは自分の中の誇りを侮辱されたからだ、許せなかった。

どんな攻撃だって耐えてみせる、その思いで栢木は背筋を伸ばし続けた。

「僕が嫌いなの?」

「そういう問題ではありません。」

「じゃあ…思う人がいるのかな。例えば…今の君のすぐ傍にいる人とか。」

そうではないと反論しかけた栢木の言葉を封じるようにわざと声を張ったかと思えば、キリュウは声を潜めて可能性を示唆した。

予想外の切り口に栢木の目は揺れる。

「君が身を寄せている…相麻製薬のご子息、北都くんだったかな。彼はとても優秀な人材らしいね。」

思い出したように出された名前に栢木の心臓が大きく跳ねた。

知っている、全てを調べた上でキリュウはここに居るのだ。

それは栢木の潜めた心も例外ではない。

わざとらしい口ぶりに焦りと何を言われるか分からない緊張感に耐える為、口元に力を入れた。

「あの話題になっていた新薬を開発した人物。彼はすっかり社交界でも有名人だし、特別な存在であると皆が関わりを持ちたがっている。」

何が言いたい。

そんな思いを込めて栢木はキリュウを睨むように見つめる。

「爵位も何も持たない一般市民。彼はあの両手を無くしてしまえばたちまちそこに成り下がってしまう訳だ。」

「…どういうことでしょう。」

「そんな悲劇が起こるかもしれないってことだよ。」

結論を見出したような口ぶりに栢木の目は信じられないと揺れた。

しかしキリュウは何喰わない顔で当然のようにその不吉な未来を口にする。

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