陽だまりの林檎姫
冗談じゃないと言いたい筈が、いつの間にか支配していた恐怖心に負けて身を小さくすることしか出来なかった。

「席を外して貰えるかな。」

高圧的な物言いは声の大きさもそれに等しく響かせてくる。

危険だから離れてほしい、でも助けてほしいと願う矛盾に栢木は混乱してしまった。

胸の内で何度も呼ぶ名前は声に出してはいけない気がして、我慢のために両手で抱えた紙袋が音をたてた。

「彼女はいま勤務中です。したがって私の管理下にある訳ですが、何のご用件でしょうか?」

「君に話す必要はない。」

「しかし勤務時間内であれば私を通して貰わないと困ります。失礼ですが、身内とはどのような関係でしょうか。」

ご兄弟には見えませんが、そう続ける北都の目は疑う様に細くなる。

この質問を待っていたのかキリュウは満足そうな笑みを浮かべて誇らしげに口を開いた。

「彼女の婚約者だ。」

栢木の身体が強い反応を起こして跳ねたのが背中越しに北都に伝わる。

怯えている、困惑している、栢木が追い込まれていることを直に感じた北都は胸の内で拳を握った。

「相麻北都くん?アンナが世話になったようで、君には感謝しているよ。アンナと僕は…。」

「…違います。」

細やかな声だったが、確実に否定する力を持った音が北都の背中、栢木の口から零れてキリュウは言葉を遮られる。

震えながらも栢木の手は北都の袖をつかみ助けを求めた。

しかしそこで終わるのは栢木ではない、視線が集まるのを感じながら今こそ発言の時なのだと栢木はもう一度声を上げた。

「まだ栢木家は承諾していません。したがって…私とは婚約関係ではない筈です。」

北都の背中に隠れたままだったが栢木は確かに自分の意思を主張する。

震える栢木の心を強く感じて北都も再び立ち向かった。

「彼女は違うと言っています。私の名をご存知の様ですが、名乗りは頂けないのでしょうか。」

「…キリュウ・ダグラスだ。」

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