陽だまりの林檎姫
栢木の言葉に表情を歪ませたキリュウは苦々しく北都の問いに答える。

「アンナ、公爵のお心を踏みにじるつもりかい?あまり我儘が過ぎると栢木家にも迷惑をかけることになる。」

ため息交じりの声が空間ごと栢木を揺さぶって仕方がない。

次に放たれる言葉が怖くて、耳を塞ぎたいのに塞いではいけないという命令をかけられている様だった。

何かされる、その恐怖が体も縛って動けない。

「伯爵という爵位が奪われてもいいのかな。」

「それは…。」

「ダグラスさん。伯爵家を揺さぶるとは随分なことをされる。」

「相麻くん、口の利き方には十分に気を付けた方がいい。近々僕は爵位を継ぐことになっているんだ。未来の伯爵に喧嘩を売らない方が身の為じゃないかな。」

「と、申されますと。」

「相麻製薬、これは君が開発した新薬のおかげで躍進した会社だそうだね。まだ始まったばかりの会社というものは実に脆い。少し強い風が吹けば倒されてしまいかねない…違うかな?」

尋ねられた言葉には答えず、北都は視線だけで応じ次の言葉を待った。

しかし北都の表情が見えない位置にいる栢木には、この沈黙が躊躇いに感じられて不安になる。

このまま北都の服を掴んでいてもいいのか怖くなったのだ。

「それに大切な君の両手も…何かあっては大変だからね。大事にした方がいい。」

あからさまな脅迫に負けそうなのは栢木の方かもしれない。

これ以上巻き込むわけにはいかないと手を離そうとしたその時、北都の穏やかな声によって栢木はその思いを留まった。

「…予想通りの展開で安心しました。」

「なに?」

「失礼ながら相麻製薬は伯爵家には負けず劣らず名のある方々との親交を深めさせていただいております。添え木の太さは随一でしょう。そして…。」

僅かに首を動かして後ろにいる栢木を確認する。それは自分に伝える言葉だという前置きに感じて栢木は顔を上げた。

「私に関して言えば心配は無用です。…ダグラスさん、小細工はいりません。どんな事をしても彼女は渡しませんよ。」

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